大沙川隧道・弘法杉
滋賀県湖南市の大沙川(おおすながわ)は、典型的な天井川(砂礫の堆積が原因で河床が周辺よりも高くなった川)。大沙川の下をトンネル(隧道)で通り抜ける大沙川隧道は、明治17年3月竣工という石造の隧道。建設当初の位置で現存する…
滋賀県湖南市の大沙川(おおすながわ)は、典型的な天井川(砂礫の堆積が原因で河床が周辺よりも高くなった川)。大沙川の下をトンネル(隧道)で通り抜ける大沙川隧道は、明治17年3月竣工という石造の隧道。建設当初の位置で現存する…
滋賀県高島市にある百瀬川扇状地(ももせがわせんじょうち)は、扇状地と天井川の典型的な場所として有名。琵琶湖に流れる一級河川・百瀬川は、急流のために上流の谷が削られ、川が運ぶ砂礫は年間3万トンとも。この百瀬川を横切るのが滋…
和銅元年(708年)に発見され、中尊寺金色堂や奈良の大仏にも尾去沢鉱山の産金が使われたと伝わる尾去沢鉱山(おさりざわこうざん)。昭和53年に閉山するまで、実に1200年以上に渡って掘削が行なわれた鉱山は、史跡尾去沢鉱山と…
昇仙峡の入口、天神森を流れる荒川に架かるコンクリートアーチ道路橋。大正14年に架橋された橋で、山梨県内に現存するコンクリートアーチ道路橋では最古のものです。土木学会の土木遺産に認定されています。山梨県道7号甲府昇仙峡線の…
日本で最初の営業目的の水力発電所は、京都・蹴上の琵琶湖疏水を利用した「蹴上発電所」(明治24年6月稼働開始)。12月からは京都電灯会社に電力の供給を開始し、蹴上に設置されたインクラインの動力もこの発電所で生まれる電気で供…
官営八幡製鉄所の生産拡大に伴う水の確保のために築かれた河内ダムのダム湖、河内貯水池。その河内貯水池に架かる「めがね橋」と通称される橋が南河内橋です。レンズ形に鋼材を組み合わせた橋長132.97m、径間66m、幅員3.6m…
昭和2年、第一次世界大戦勃発という世界情勢の中、不足する鉄鋼生産を補うため、水資源確保を目的として築かれたダムが河内ダム。官営八幡製鉄所の鉄鋼増産態勢のため、高さ43.1mの両面切石張り、重力式コンクリートダムの河内ダム…
清洲橋(きよすばし)は、関東大震災の復興事業で造られた全長186.2mの自碇式吊橋(じていしきつりばし)で、昭和3年に完成。永代橋(えいだいばし)とともに、隅田川を代表する美橋として知られ、河口に位置する永代橋が男性的で…
新潟市の旧市街と新市街を結ぶ全長307mのアーチ橋が萬代橋(ばんだいばし)。信濃川に架かるこの橋が、初めて建造されたのは、明治19年。当時は萬代橋(よろずよばし)と呼ばれた木橋で、全長782mと国内最長を誇っていました。…
高松の沖合に浮かぶ男木島(おぎしま)。島の最北端に立つ男木島灯台(総御影石造り)は、昭和32年に公開された映画『喜びも悲しみも幾歳月』(監督・木下恵介、主演・佐田啓二、高峰秀子)の舞台になった場所。灯台とともに明治28年…
男木島の北端に明治28年12月10日に初点灯した全国でも珍しい総御影石造りの灯台が男木島灯台。日清戦争直後の海運助成策で、急増する瀬戸内海航路の安全のために灯台が建設されました。総御影石造りで無塗装の灯台は角島灯台(つの…
富山県との県境に近い県南西端・糸魚川市市振(旧青海町)にあり、北アルプスが日本海に落ち込んでできた断崖が親不知・子不知(おやしらず・こしらず)。その北陸道最大の難所の旧国道を遊歩道として整備したのが親不知コミュニティロー…
北陸道最大の難所だった親不知・子不知(おやしらずこしらず)。明治11年の天皇行幸の際には、厳しい山越えで断崖を克服したので、明治16年には国道が開削されました。北陸本線も大正元年に開通。昭和40年に複線化して山側のトンネ…
稚内港にあるゴシック建築を模した半アーチ形ドーム型の防波堤。昭和11年、稚泊連絡船(ちはくれんらくせん=北海道と樺太を結ぶ鉄道連絡船)の桟橋の保護と桟橋を利用する乗客の便宜のために建設されたもの。高さ13.6m、全長は4…
展望台の場所で標高147mという断崖の岬で、「あなたが選ぶ北海道景勝地」(昭和61年・北海道郵政局)で1位となった景勝地が地球岬(ちきゅうみさき)。広々とした内浦湾のかなたに、遠く森や駒ヶ岳、南茅部(かやべ)の稜線も浮か…
南房総白浜を流れる長尾川を流れる石造アーチ橋。関東地方では唯一の3連の石造アーチ橋で、3連ですが、川面に映る姿から「めがね橋」と通称されています。明治21年の架橋で、材料となった石は資金不足のため、長尾川河口のみずるめの…