所子豪農集落(大山町所子伝統的建造物群保存地区)
大山町所子(ところご)の集落は、重要文化財で本家の「門脇家住宅」、隣の「南門脇家」(県指定保護文化財)、道路を挟んで前の「東門脇家」・美甘家住宅(国登録有形文化財)とを中心にした豪農集落。所子は中世には京の賀茂御祖神社(…
大山町所子(ところご)の集落は、重要文化財で本家の「門脇家住宅」、隣の「南門脇家」(県指定保護文化財)、道路を挟んで前の「東門脇家」・美甘家住宅(国登録有形文化財)とを中心にした豪農集落。所子は中世には京の賀茂御祖神社(…
北限のブナ林が、渡島半島の黒松内町にあります。それが歌才ブナ林。北海道遺産に登録されてはいますが、まだまだ訪れる人は多くはありません。日本のブナは、南は鹿児島県大隅半島から北は北海道渡島半島まで分布します。寿都(すっつ)…
小樽・余市周辺にはなんと80もの環状列石(ストーンサークル)があります。看板が出ているものがほとんどないのですが、最大規模の忍路環状列石(おしょろかんじょうれっせき)は、カーナビの地図にも出ています。実は、この忍路環状列…
国宝松本城(松本城公園)をスタート地点に、アルプスの展望ポイントや、温泉地、歴史の名所を訪ね歩く、2日間のウォーキングイベント。2016年から地図だけを手掛かりに「印所」を探し出し、そこに置かれた「印判」を集めながらゴー…
平成28年8月、登呂遺跡(駿河区)から発掘された土器、木製品など計775点が国の重要文化財に指定されました。その指定を記念して、登呂博物館が特別展『弥生×登呂』を開催。全国の弥生時代の遺跡から出土した品々が大集合。「登呂…
五稜郭(ごりょうかく)は、幕末に箱館(現在の北海道函館市)郊外に建造された西洋式(稜堡式)の城郭。函館を代表する観光スポットで、明治維新の際に官軍と旧幕府軍の攻防でも有名です。ところが、日本にはもうひとつ、五稜郭がありま…
小諸城は、日本唯一といえる「穴城」。どうして穴城かといえば、城の玄関口である大手門がもっとも標高の高い場所にあり、本丸がもっとも低地にあるため。本丸を城郭の片隅に配置する梯郭式(ていかくしき)という縄張りですが、このスタ…
「天下分け目」といわれた関ヶ原の合戦には、実は徳川の本隊は戦闘に参加していません。徳川秀忠率いる徳川本隊は、総勢3万8000人という大軍。家康軍が東海道を進軍したのに対し、秀忠の徳川本隊を碓氷峠を越えて中山道を進みます。…
旧軽井沢のメインストリート(中山道軽井沢宿)の最奥に位置する二手橋(にてばし)。矢ヶ崎川の爽やかな清流に架かる橋ですが、ここが軽井沢宿の飯盛女(めしもりおんな)が客を見送り別れた場所。それで二手に分かれたのでその名がある…
中山道の難所のひとつ、上信国境(群馬・長野県境)に位置する旧碓氷峠。峠には国境をまたぐように熊野皇大神社(群馬県側は熊野神社)が鎮座していますが、その向かいにあるのが元祖力餅の「しげのや」。若主人の水澤貴文さんは、熊野皇…
上田市真田町にある「真田氏歴史館」。その西側に広がる御屋敷公園が上田城築城以前の真田氏の居館です。平時にはこの居館を利用し、いざというときには山城の真田本城を使いました。中世(戦国時代)の居館ですから建物などは残されてい…
江戸時代に作成された『真田家系図』によれば、NHK大河ドラマ『真田丸』で注目の真田一族(真田氏)のルーツは、信州・真田(さなだ)。信濃小県郡の名族・海野氏(うんのし)の出身の真田幸隆(さなだゆきたか)が小県郡真田郷を拝領…
2019年9月13日(金)~9月16日(月・祝)、松本市で『第20回国宝松本城月見の宴』を開催。毎年、中秋の名月(十五夜)の期間に、松本城の本丸庭園を夜間開放し、ライトアップされた松本城天守を背景に、野外生花、琴やフルー…
徳川秀忠(徳川本隊/『真田丸』では星野源が好演)が上田城攻略に難儀して関ヶ原の戦いに遅刻したのは有名な話。その上田城攻略に際して、小諸城に構えたのが二の丸の本陣です。というわけで、大河ドラマ『真田丸』の舞台のひとつとして…
小田原市のマンホールには小田原城、箱根連山の山並みと富士山、輦台(れんだい)で川を渡る様子がデザインされています。城下町・小田原は東海道五十三次の江戸から数えて9番目の宿場町でもあったのです。
2024年8月8日(木)、長野県松本市で国宝松本城『薪能』を開催。国宝松本城本丸庭園の特設会場で上演される恒例の『薪能』。国宝松本城が薄暮に浮かぶ時、鼓と笛の音が響き、能楽師の舞は見る人を幽玄の世界へと誘います。
NHK大河ドラマ『真田丸』の舞台として注目の集まる長野県上田市では、ご当地グルメとして「美味だれ焼き鳥」(おいだれやきとり)が人気。そんな焼き鳥の町・上田市で全国のご当地やきとりが集結するやきとりの祭典『…
幕末に「公武合体」あるいは「公武一和」という方針のもと、仁孝天皇の第八皇女・和宮を徳川家茂に嫁がせるという政略結婚が行なわれました。そのため、和宮は中山道を江戸を目指して下向します。その姿を再現したのが『皇女和宮御下向行…