駿府城に登城せよ!(2)二ノ丸から本丸へ

駿府城に居城する大御所(徳川家康)に拝謁する気持ちで、駿府城の本丸を目ざします。
今回はパート2で、二ノ丸から本丸への道のり。
前回、二ノ丸で坤櫓を見学したので、今回は二ノ丸へ東御門から入城します。
三ノ丸大手御門から入城することもできますが、実は大手御門は徳川家、天皇の勅使、大名、僧侶、公卿、側室などにのみ通行が許された門です。
他の職・階級の人は、横内御門、草深御門、四足御門から入城しました。
というわけで、大名を気取れば三ノ丸大手御門から東御門へ。それ以外の人は横内御門(跡)から東御門へ。

駿府城東御門から二ノ丸に入城

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東御門はニノ丸堀(中堀)に架かる東御門橋と高麗門、櫓門、多門櫓で構成される桝形門。
桝形門は要所に石落し、鉄砲狭間、矢狭間などを配した堅固な守りで、戦闘において重要な機能を有した場所であることがわかります。
その横に築かれた巽櫓(たつみやぐら)は駿府城ニノ丸の東南角に設けられた三層二重の隅櫓。やはりこちらも実戦的な仕掛けが施されていました。
駿府城には二ノ丸の四隅にそれぞれ隅櫓があり、そのうち十二支であらわした巽(辰巳=東南)の方角に位置することから巽櫓と名付けられました。

大御所時代の巽櫓は寛永12年(1635年)に焼失。その後、寛永15年(1638年)に再建されましたが、嘉永7年(1854年)の安政東海地震で倒壊してしまいました。現在の櫓は伝統的な木造工法で再建されたものです。
同様に東御門も平成8年の再建。
内部は資料館になっており、駿府城や大御所と呼ばれた家康の史料が展示されています。さらには家康が幼少期、太原雪斎から教えを受けた臨済寺の部屋を復元した「竹千代手習いの間」もあるので必見です(臨済寺は禅寺のため実際の「竹千代手習いの間」は5月19日の今川義元の忌日のみ特別公開)。
駿府城巽櫓
↑再建された駿府城巽櫓

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↑復元された「竹千代手習いの間」

駿府城二ノ丸 東御門・巽櫓DATA

施設名 駿府城二ノ丸 東御門・巽櫓
住所 静岡市葵区駿府城公園1-1
営業時間 9:00〜16:30(入館は16:00まで)
休業日 月曜(祝日の場合は営業)、12月29日~1月3日休
料金 大人200円、小人50円、駿府城公園全施設(東御門・巽櫓、坤櫓、紅葉山庭園)共通券大人360円、小人120円
地図
電車・バスで JR静岡駅から駿府浪漫バスで15分、東御門下車
ドライブで 新東名高速道路新静岡ICから17分。または、東名高速道路静岡ICから20分
駐車場 市民文化会館地下駐車場(246台)を利用/30分ごとに100円
問い合わせ TEL054-251-0016
公式HP http://sumpu-castlepark.com/gomon/

駿府城は清水湊と水路(横内川・巴川)で結ばれていた!

徳川家康は駿府城で諸外国の使節団の訪問を受けています。
大御所時代は大航海時代(15世紀中頃〜17世紀中頃)の終盤。家康も貿易を重視していました。
家康が生まれた三州(愛知県東部)・岡崎城も「五万石でも岡崎様はお城下まで船が着く」と江戸小唄に謡われるとおり、矢作川の舟運を巧みに利用した縄張りでした。
駿府城の大改修にあたり、家康は清水湊を結ぶ水路(横内川)を掘削。
横内川は上土(あげつち)で巴川と合流し清水湊に通じていました。
北街道と呼ばれる県道静岡清水線沿線の水落町(みずおちちょう)から上土まで横内川が流れていたのです。
横内町(よこうちちょう)、太田町(おおたまち)、銭座町(ぜんざまち)あたりでは、北街道の真ん中を川が流れ、生活用水としても活用されていました。
一方、清水湊は、家康の大坂攻めの際に漁船や廻船を徴発したことの恩義もあって、42軒の廻船問屋を認可し繁栄したのです(この42軒の廻船問屋は次郎長の時代まで続きました)。
駿府城には舟が発着した名残は残されていませんが、本丸堀と二ノ丸堀を結んだ水路(二ノ丸水路)が現存しています。
東御門の北側にあるのでお見逃しなく。
駿府城・二ノ丸水路
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↑二ノ丸水路は本丸堀の水位を安定されるために掘削されました

いよいよ本丸に入城だ!

駿府城の本丸には3ヶ所の出入口がありました。
南側の御玄関前御門(おんげんかんまえごもん)、東側の御台所御門(おんだいどころごもん)、北側の御天守台下御門(おんてんしゅだいしたごもん)です。
そのうち、メインルートとされたのが、二の丸から本丸御殿に向かう駿府城御玄関前御門です。

二ノ丸側から入城すると、本丸堀に架かる木橋を渡りました。堀を渡ると高麗門(こうらいもん)があり、石垣に囲まれた枡形(ますがた)内を東に折れて本丸へ入る構造になっていました。
残念ながら現在では本丸堀(内堀)が埋め立てられてしまっているので(明治時代に歩兵第34連隊の誘致を行なって埋め立てられました)、売店を目標に歩けば、御玄関前御門の表示板が立っています。
本丸堀は東御門の西側(売店の裏手)に一部が現存しているので、こちらもお見逃しなく。
駿府城本丸堀
駿府城本丸堀跡

 

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