上総村上駅

上総村上駅

千葉県市原市にある小湊鐵道線の駅が上総村上駅(かずさむらかみえき)。昭和2年2月25日に開業していますが、開業当初の駅舎が現存し、国の登録有形文化財に指定されています(小湊鐵道線の登録有形文化財駅舎10件の1件)。相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、無人駅。1日100人ほどの乗降客があります。

昭和2年築のレトロな駅舎が現存

設計・施工は鹿島組(現・鹿島建設)で、木造平屋(昭和7年頃、待合室を2倍に拡張)、寄棟造りの瓦葺き。
他の登録有形文化財駅舎と同様に、壁面は下見板を張ってペイント塗りをし、洋風に仕上げています。
駅の東側1kmほどのところに上総国分寺、さらに市原市役所、上総国分尼寺跡があり、一帯が古代、上総国の国府があったと推測できます(国府の遺構はまだ発見されていません)。
ちなみに村上という地名は、上総守護代にもなった村上氏(出自は信州)の居城、村上城があったことに由来しています。

名称 上総村上駅/かずさむらかみえき
所在地 千葉県市原市村上1358-2
関連HP 小湊鐵道公式ホームページ
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上総国分寺

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上総国分尼寺跡

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史跡上総国分尼寺跡展示館

市原市役所周辺の台地は古代の上総国(かずさのくに)の政治、文化の中心地。741(天平13)年、聖武天皇の詔によって全国に造営された国分寺(金光明四天王護国之寺)と国分尼寺(法華滅罪之寺)は、現在の市役所周辺で遺構が発見されています。その遺物

 

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