第63回ぎふ信長まつり|岐阜市

ぎふ信長まつり

2019年10月5日(土)~10月6日(日)10:00~16:00、岐阜県岐阜市で『第63回ぎふ信長まつり』を開催。現在の岐阜の町の基礎を築いた信長の偉業を偲ぶ恒例の秋祭り。メインイベントは、織田信長や斎藤道三をはじめとする戦国武将、お市の方や濃姫などのお姫様、火縄銃鉄砲隊などで編成する「信長公騎馬武者行列」。

主催事業のほか、多彩な協賛事業

ぎふ信長まつり

初日の土曜には吹奏楽やバトン隊などで編成されている「音楽隊パレード」、自由なおどり文化を発信する「市民勝手カーニバル」などが岐阜市中心部をパレード。

メインイベントの「信長公騎馬武者行列」は、日曜12:30〜。
JR岐阜駅南~加納上本町~加納桜道~長良橋通り~若宮町交差点~岐阜市役所とパレードします。
愛知県古銃研究会による模擬射撃の実演もあります(火縄銃鉄砲隊)。

「若宮町歩行者天国」(土・日曜10:00~16:00)、「わく☆わくフリーマーケット」(土・日曜10:00~16:00/金公園内噴水前広場)といった信長的な町おこしイベントも展開。

崇福寺では土曜10:00~11:00に『信長公追悼式』が行なわれ、住職による講話があります。
寺は両日の10:00~17:00の間、拝観も可能。
信長は崇福寺を菩提寺に定めていたので、本能寺の変後、遺品が届けられています。
織田信長公父子廟は岐阜市の史跡。
塩山の恵林寺で焼き殺される快川国師は、61歳までこの崇福寺にいたと寺伝にはあります。

織田信長と岐阜

織田信長は永禄10年(1567年)、斎藤義興の軍勢を破り、稲葉山城を占拠。
稲葉山城を攻略した信長は、城下町『井ノ口』を『岐阜』に改め、城下の復興を図ります。
同時に金華山の山麓に信長館を定め、岐阜を拠点に「天下布武」をスローガンに天下統一を目指します。
楽市楽座を振興したため、交通の要所に位置する岐阜には商業都市としての機能も生まれ、活気を呈していったのです。

第63回ぎふ信長まつり|岐阜市
開催日時 2019年10月5日(土)~10月6日(日)/毎年10月第1土曜とその翌日
所在地 岐阜県岐阜市
場所 岐阜市中心市街地一帯(若宮町・金公園・柳ケ瀬・神田町・玉宮町・信長ゆめ広場ほか)
関連HP 岐阜市公式ホームページ
電車・バスで JR岐阜駅・名鉄岐阜駅から徒歩10分~15分
ドライブで 東海北陸自動車道岐阜各務原ICから約13km。または、一宮木曽川ICから約15km
駐車場 なし
問い合わせ 岐阜市観光コンベンション課 TEL:058-265-3984
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
崇福寺

崇福寺

岐阜市にある14世紀末頃に創建、永正8年(1511年)、斎藤利匡(さいとうとしまさ)が再興した(開山は独秀乾才)臨済宗妙心寺派の寺、崇福寺(そうふくじ)。永禄10年(1567年)、織田信長が斎藤道三の孫の斎藤龍興を亡ぼし美濃に移ると織田信長

信長館跡

織田信長は、清洲城から小牧山城に居城を移し美濃攻略を狙います。そして美濃の稲葉山城を攻め落とすと、岐阜と名を改め、城と城下町を築きます。稲葉山(金華山)の山麓に庭園などを配した居館を設け、ここを「天下布武」の出発点としたのです。信長など歴代

 

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プレスマンユニオン編集部

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

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