1月24日 初愛宕

火防(ひぶせ)の神様として知られる愛宕神社ですが、神仏混淆(しんぶつこんこう)だった江戸時代は愛宕権現(あたごごんげん)と称して、地蔵菩薩を本地仏。本地垂迹(ほんじすいじゃく)説では、神様は仏が姿を変えてこの世に現れたとする考えで、愛宕神は、お地蔵様が変身した姿。というわけで、1月24日の『初地蔵』は、『初愛宕』でもあるのです。

明治の神仏分離で愛宕権現を祀る寺は強制的に愛宕神社に

山城・丹波国境の愛宕山(標高924m)山頂に鎮座する愛宕神社。江戸時代には白雲寺(明治維新の廃仏毀釈で廃寺)という寺でしたが、明治の神仏分離で、愛宕神社になっています。その愛宕神社が、全国の愛宕神社の総本社。全国の愛宕社に祀られているのは、この白雲寺から勧請されたものなのです。
「火迺要慎」(ひのようじん)と記された愛宕神社の火伏札は、京の町家に今も貼られています。

愛宕山白雲寺は勝軍地蔵(将軍地蔵)を本尊としたため、戦国時代にかけて愛宕権現は勝軍地蔵が垂迹した「軍神」として武士から信仰を集めました。

なかでも有名なのは徳川家康の尊崇した勝軍地蔵です。
1603(慶長8)年、徳川家康の命により創建されたのが、江戸の愛宕権現。現在の港区愛宕山に鎮座する愛宕神社です。徳川家康が信仰した勝軍地蔵菩薩を勧請して別当寺の円福寺(明治維新で廃寺)に祀ったことに始まります。

『初愛宕』は季語にもなっていますが、その京・愛宕神社も今では毎月1日、15日、23日を縁日としており、『初愛宕』は、神仏分離で途絶えてしまっています

逆にお寺では、今も健在で、
「伊勢の愛宕」として知られる愛宕山龍泉寺(三重県松阪市愛宕山1-4)では『初愛宕大祭 愛宕市』が開かれ、境内では山伏姿の先達(せんだつ)によって火防、勝運、良縁などを祈願する護摩が焚かれ、日用品、農機具、木製品などが売られる市が立ちます。

同じ三重県では、
愛宕神社(三重県名張市南町)では毎月24日が月例祭(縁日)で1月24日には『初愛宕の神事』が行なわれ、三重県内には24日の縁日と『初愛宕』の伝統が残されているようです。

 

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