武田八幡宮

武田八幡宮

甲斐の武田氏の発祥地、山梨県韮崎市の古社、武田八幡宮。社伝によれば弘仁13年(822年)、武田王の祠廟に宇佐神宮の分霊を勧請して創建したという古社。さらに清和天皇の貞観年間(859年~876年)に京・石清水八幡宮の分霊を勧請し甲斐武田氏の崇敬をあつめました。甲斐武田氏の氏神で、現存する本殿は武田信玄の寄進。

甲斐武田氏の氏神として信玄も尊崇

『甲斐国史』によれば、別当(神社を管理する寺)の法善寺(現・山梨県南アルプス市加賀美)の寺伝に、弘仁13年(822年)、空海の夢に八幡大菩薩が武田郷に出現したため祠を構えたとしています。

源義光(新羅三郎義光)の子・源義清(武田冠者)は常陸国那珂郡武田郷(現・茨城県ひたちなか市武田)に土着して武田氏を称し、大治5年(1130年)、孫の源清光が甲斐に移り、曾孫・武田信義が武田八幡宮の社前で元服し武田氏を名乗り甲斐武田が発祥したと伝えられます。
甲斐源氏の頭領である武田信義は本拠の武田郷の武田八幡宮を尊崇(実質的な創建とも推測できます)。

戦国時代の天文10年(1542年)、武田晴信(後の武田信玄)が社殿を再建していますがこれが甲斐国の国主となった晴信の最初の事業。
信玄没後の織田信の甲斐国侵入に際しては、新府城落城の寸前の天正10年(1582年)、武田勝頼の妻・北条夫人が勝頼の武運を祈って願文を捧じています。

現存する義信・信玄父子が再建の本殿(檜皮葺き、三間社流造)は、国の重要文化財。
末社の若宮八幡神社本殿、石鳥居、二の鳥居、武田勝頼夫人北条氏祈願文は山梨県の文化財に指定されています。

ちなみに武田王(たけだのきみ/記紀に記録なし)は日本武尊(やまとたけるのみこと)の皇子とされ、韮崎市神山町の王仁塚(わにづか)は、武田王の墓という伝承もあります。

名称 武田八幡宮/たけだはちまんぐう
所在地 山梨県韮崎市神山町北宮地1185
関連HP 韮崎市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR中央本線韮崎駅からタクシーで8分
ドライブで 中央自動車道韮崎ICから約7km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 韮崎市観光協会 TEL:0551-22-1991
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
武田八幡宮祭典

秋の武田の里まつり 『武田八幡宮祭典』|韮崎市|2019

2019年10月14日(月・祝)、山梨県韮崎市の秋の武田の里まつり 『武田八幡宮祭典』が行なわれます。武田家の氏神として篤く崇拝されてきた武田八幡宮の例大祭。神楽殿での猿田彦命(さるだひこのみこと)の舞など神楽の奉納、神輿練り歩きなどが予定

 

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