雪見御所跡(湊山小学校)

雪見御所跡(湊山小学校)

兵庫県神戸市兵庫区雪御所町にある湊山小学校一帯は、平清盛の雪見御所跡。平清盛は仁安2年(1167年)、太政大臣をわずか就任3ヶ月で辞して能福寺(のうふくじ)で出家し隠居。本宅は京に残し(西八条第=現在の梅小路公園一帯にあり、仁安元年頃に建てられている)、その隠居先とした別荘が福原の雪見御所です。

平清盛は雪見御所で福原遷都を立案!?

京に妻を残しての生活ですが、隠居というよりもむしろ大輪田泊の修築、大輪田泊での対宋貿易、福原遷都などの大事業の計画を練る最前線と考えるのが妥当。

承安元年(1171年)には娘の徳子を高倉天皇に嫁がせ、平家の黄金時代を築いています。
その栄華の頂点が治承4年(1180年)6月の福原遷都の具現化。
幼少の安徳天皇(徳子の娘、清盛の孫)も高倉上皇、後白河法皇とともに福原へと行幸し、高倉上皇は福原遷都を決めていますが、12月に源氏が挙兵し、あわてて京に還幸しています。

平清盛没後の「平家の都落ち」の際には、京の西八条第(にしはちじょうてい)と同様に雪見御所も焼き払っています。
福原京の建造物群などは源義仲が焼き払っているため、現存する遺構はなく、湊山小学校の北西角に雪見御所跡の碑が立つのみ。
雪見御所之跡と記された石碑は、明治39年の発掘調査で校庭から掘り出された往時の庭石です。

雪見御所の北には安徳天皇が福原遷都の際に半年ほど暮らした皇居「平野殿」があり、一帯には平宗盛邸など平家一門の邸宅が建ち並んでいました。
安徳天皇行在所趾の碑は荒田八幡神社境内に、萱の御所跡の碑は薬仙寺境内に立っています。

名称 雪見御所跡(湊山小学校)/ゆきみのごしょあと(みなとやましょうがっこう)
所在地 兵庫県神戸市兵庫区雪御所町2-1
電車・バスで 神戸電鉄湊川駅から徒歩17分
ドライブで 阪神高速道路3号神戸線京橋ランプから約4.8km
駐車場 なし
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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