佛通寺

佛通寺

広島県三原市、臨済宗佛通寺派大本山という名刹が、佛通寺。応永4年(1397年)、小早川春平(こばやかわはるひら)が、元に渡航して修行した愚中周及(ぐちゅうしゅうきゅう=佛徳大通禅師)を迎えて創建した寺です。寺名は、愚中周及の中国の師・佛通禅師(即休契了)の号をとったもの。

臨済宗の名刹は、紅葉の名所

佛通寺は、創建以降、小早川家の保護により、山内に88ヶ寺、全国に3000余の末寺を擁する大寺院となり、応永14年(1407年)、足利義持は使者を佛通寺に派遣し、愚中周及に法語を求め、法語を足利義持が後小松天皇に上奏、天皇から南禅寺と並んで紫衣地とする旨の諭旨を賜っています。

愚中周及は天寧寺(京都府福知山市、佛通寺開山前に愚中周及が丹波の地頭に招かれて開いた寺)で没しているため、遺骨は天寧寺と佛通寺の両寺に埋葬されています。

境内には江戸時代後期の文化年間(1804年〜1818年)、広島藩主・浅野家の保護により建築された法堂(はっとう)、大方丈「降魔殿」、庫裡、禅堂、鐘楼、開山堂(かつての塔頭・含暉院の書院)などの諸堂が30ほど点在、開山堂に並んで建つ地蔵堂は、含暉院の仏殿として応永13年(1406年)に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。
かつて雪舟も滞在し(雪舟が滞在したと伝えられる篩月庵は、現在の開山堂周辺)、定かではありませんが雪舟作と伝わる崑崗池(こんこういけ)も残りますが、池の構造はあまり原型を留めておらず、自然石の石橋に往時を偲ぶのみとなっています。
庭園の名は、愚中周及の詩「護法の銀の龍九天より下る。崑崗の玉を砕いて飛泉となる」から名付けらたもの。

紅葉の名所としても知られ、例年の見頃は11月上旬~11月中旬(通常はライトアップも実施)。
紅葉の見頃に合わせ、三原駅前から芸陽バスの臨時バスも運行されています。

中国自然歩道の御調八幡宮・佛通寺コース(10.2km、全コースが佛通寺御調八幡宮県立自然公園の区域内)が通り、御調八幡宮と山道主体のハイキングコースで結ばれています。

佛通寺
名称 佛通寺/ぶっつうじ
所在地 広島県三原市高坂町許山22
関連HP 佛通寺公式ホームページ
電車・バスで JR三原駅から三原市営バス仏通寺行きで40分、仏通寺下車
ドライブで 山陽自動車道三原久井ICから約12km
駐車場 100台/無料
問い合わせ 佛通寺 TEL:0848-66-3502
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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