第三音戸大橋

第三音戸大橋

広島県呉市の音戸の瀬戸には、音戸大橋(昭和36年12月3日開通)、第二音戸大橋(平成25年3月27日)と新旧ふたつの音戸大橋が架かっていますが、もうひとつ第三音戸大橋が。正式名称は坪井広場横断歩道橋という歩行者専用の橋で、しかも音戸の瀬戸には架かっていません。

第三音戸大橋は愛称で、実は音戸大橋を模した歩道橋

第二音戸大橋の国道487号(警固屋音戸バイパス)を跨ぐように架かる歩道橋で、橋長14m、幅員2m。
警固屋音戸バイパスの開通で分断された里道の役割をも果たしています。

第二音戸大橋の音戸町側(倉橋島側)に築かれた坪井コミュニティ広場(日招き広場)を繋ぐ歩道橋。
音戸大橋、第二音戸大橋の両橋を眺める展望台としての機能もあり、ドライブ途中の立ち寄りスポットとしても絶好。
ちなみにデザインは初代音戸大橋を似せて築かれ、第三音戸大橋の南側は螺旋階段(らせんかいだん)になっていますが、音戸大橋の螺旋部分を真似たものです。

第三音戸大橋
名称第三音戸大橋/だいさんおんどおおはし
所在地広島県呉市音戸町坪井1-4
関連HP呉市公式ホームページ
電車・バスでJR呉駅から広電バス昭和町経由・見晴町行きで音戸大橋上下車、徒歩15分
ドライブで広島呉道路呉ICから約8.4km
駐車場日招き広場駐車場を利用
問い合わせ呉市観光振興課 TEL:0823-25-3309
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
第二音戸大橋

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