三春城

三春城

福島県田村郡三春町(みはるまち)、藩政時代に三春藩の藩庁があったのが三春城。現存する城郭は、寛永5年(1628年)、松下長綱(まつしたながつな=二本松藩初代藩主・松下重綱の長男)が藩主になった時代に改修したもの。続日本100名城にも選定されています。

江戸時代には山麓に三春藩の藩庁を設置

三春城は、永正元年(1504年)、守山城(現・福島県郡山市田村町守山)を本拠とする戦国大名・田村義顕(たむらよしあき=田村氏23代当主)が築城したと伝えられる山城。
天正16年(1588年)2月〜7月、田村氏が郡山合戦(こおりやまがっせん=伊達政宗軍と蘆名義広・相馬義胤連合軍との合戦)に伊達と連合して勝利し、8月、伊達政宗が三春城に入城。
田村宗顕(たむらむねあき)を当主とする傀儡政権(かいらいせいけん)を打ち立て、田村地方は実質的に伊達領となり、伊達政宗の南奥羽制覇の基礎が固まりました。

江戸時代初期、松下長綱の藩主時代の城郭整備では、標高407.5mの山頂(山麓との比高は60mほど)に本丸と居館、本丸西の山麓部分(現在の児童公園)に二の丸、東側の山麓に三の丸が配されていました。
天守はありませんでしたが、本丸下段に3層3階の櫓があり、それが代用天守に。

正保元年(1645年)、秋田俊季(あきたとしすえ)が藩主となった際、山上の本丸が藩庁では不便ということから、山麓(現在の三春小学校一帯)に居館・藩庁を移し、近世的な平山城となっています。
その後、明治維新まで5万5000石・三春藩は、秋田氏の治世が続いています。

幕末の戊辰戦争では、新政府軍と戦った奥羽列藩同盟を離脱しましたが、明治維新後に石垣、建物を破却。
藩校・明徳堂の表門が三春小学校の校門として移築され、現存しています。

三春城
名称 三春城/みはるじょう
所在地 福島県田村郡三春町大町
関連HP 三春町観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR三春駅から徒歩30分
ドライブで 磐越自動車道船引三春ICから約4.5km
駐車場 あり/無料
問い合わせ みはる観光協会 TEL:0247-62-3690
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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