山上門

山上門

茨城県ひたちなか市にある武家屋敷の門(移築)が山上門(さんじょうもん)。昭和11年、水戸藩江戸小石川邸に設けられた勅使奉迎用の薬医門が那珂湊(なかみなと)に移築され、現存するもの。水戸藩小石川邸の正門右側に設けられていましたが、後に小石川邸の山上に移されたので山上門の名があります。

現存する水戸藩小石川邸の唯一の遺構

もともとは、水戸藩小石川邸(水戸徳川家の江戸上屋敷/東京都文京区、後楽園周辺)の朝廷からの勅使を迎える勅旨奉迎(ちょくしほうげい)のために築かれた門。
昭和11年に、深作貞治氏が陸軍省から払い下げを受け、那珂湊反射炉のある吾妻台に移築し、昭和32年に那珂湊市へ寄贈。
現在は、那珂湊反射炉とともに、あづまが丘公園として整備されています。

幕末には、西郷隆盛、松代藩士で兵学者の佐久間象山(さくましょうざん)、福井藩士で一橋慶喜擁立運動を展開した橋本左内(はしもとさない)、伊豆・韮山(にらやま)の代官で反射炉を完成させた江川太郎左衛門(えがわたろうざえもん)などがこの門を出入りしたと伝えられています。

山上門
名称 山上門/さんじょうもん
所在地 茨城県ひたちなか市栄町1-10 あづまが丘公園内
関連HP ひたちなか市観光協会公式ホームページ
電車・バスで ひたちなか海浜鉄道那珂湊駅から徒歩6分
ドライブで 東水戸道路ひたちなかICから約3.6km
駐車場 5台/無料
問い合わせ ひたちなか市文化財室 TEL:029-273-0111
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
那珂湊反射炉跡

那珂湊反射炉跡

那珂湊反射炉は、沿岸防備の強化を図るため幕末に西洋式大砲を鋳造を目的に、水戸藩第9代藩主・徳川斉昭(とくがわなりあき)により築造された炉。江戸湾防備の品川台場に設置された大砲もここで鋳造されたものがあります。ひたちなか市のあづまが丘公園に那

 

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