太田城

太田城

茨城県常陸太田市にある中世の城跡が太田城で、川越城(埼玉県川越市)、忍城(埼玉県行田市)、前橋城(群馬県前橋市)、金山城(群馬県太田市)、唐沢山城(栃木県佐野市)、宇都宮城(栃木県宇都宮市)と並んで関東七名城のひとつ。別名舞鶴城と呼ばれた城跡の本郭は、常陸太田市立太田小学校になっています。

戦国乱世を生き秋田藩主となった佐竹義宣もこの太田城で生まれている!

本郭は現在の太田小学校一帯で、 二の郭は若宮八幡宮周辺で、往時の遺構は残されていません。

天仁2年(1109年)、平将門の乱で活躍した藤原秀郷(俵藤太)の子孫という藤原通延が、下野国(しもつけのくに=現在の栃木県)から常陸国(ひたちのくに)太田郷に入り、太田大夫と称して築城したのが始まりと伝えられています。

源昌義(みなもとのまさよし)が父から継承した太田城を拠点に勢力を拡大、小野崎氏などを屈服させ、保延6年(1140年)頃、佐竹氏を名乗り、佐竹氏の祖となっています。

代々の佐竹氏の居城でしたが、戦国時代の末期、豊臣秀吉に所領を安堵された佐竹義宣(さたけよしのぶ=後に秋田藩初代藩主)は、天正19年(1591年)3月21日、常陸国の拠点として水戸城に本拠を移しています。
その後、元和の一国一城令で、太田城は廃城となっています。

太田城
名称 太田城/おおたじょう
所在地 茨城県常陸太田市中城町151
関連HP 常陸太田市公式ホームページ
電車・バスで JR常陸太田駅から徒歩30分
ドライブで 常磐自動車道常陸太田南ICから約8.8km
駐車場 なし
問い合わせ 常陸太田市観光振興課 TEL:0294-72-8071
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
関東七名城

【旅の百科事典】 関東七名城

2018年12月5日

 

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