岩手県奥州市、気仙郡住田町、遠野市にまたがる標高869.9mの物見山(種山)の山上一帯に広がる高原地帯が、種山ヶ原(たねやまがはら)。残丘であることから種山ヶ原モナドノックスとも呼ばれ、宮沢賢治がこよなく愛した高原。「イーハトーブの風景地」種山ヶ原として国の名勝にもなっています。
種山ヶ原の気候と自然が童話『風の又三郎』を生み出した!
種山ヶ原は南北20km、東西11kmの広大な高原地帯。
隆起準平原の地形と冷涼な気候から、藩政時代から馬の放牧地として利用され、北海道を思わせるような独特の景観に。
岩石などの固い部分が浸食から取り残されて孤立した丘・残丘がモナドノックス(アメリカ、ニューハンプシャー州にあるモナドノック山にちなんだもの)で、物見山はその代表的な例。
岩手県では早池峰山もモナドノックスで、準平原やモナドノックという言葉は、宮沢賢治が好んで使った語なのです。
宮沢賢治は大正6年に種山ヶ原を訪れて以降、その開放的な風景や気象を題材に、童話『風の又三郎』、童話『種山ヶ原』、 戯曲『種山ヶ原の夜』、詩『種山ヶ原』、童話『銀河鉄道の夜』を描いています。
「種山が原といふのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできてゐます。高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五六軒づつの部落があります」(童話『種山ヶ原』の冒頭)。
宮沢賢治が訪れた頃の種山ヶ原は、陸軍省軍馬補充部六原支部種山出張所放牧地で、軍馬などが放牧され、時折、海の側からの湿った気流で霧に包まれ、幻想的な景観を生み出していたのだと推測できます。
この草原を流れる複雑な気流が童話『風の又三郎』を生み出したのです。
地質に精通する宮沢賢治らしく、「青黒いつるつるの蛇紋岩(じゃもんがん)」にも注目していますが、超塩基性の蛇紋岩とその厳しい気候から、種山ヶ原は高山帯のような草原が生み出されているのです。
宮沢賢治は岩手を生き生きした理想郷(「イーハトヴ」)にしようと願い、種山ヶ原は「イーハトヴ」のような世界を展望することができる場所だったのす。
種山ヶ原の歴史ある牧場は、戦後も岩手県種山牧野として1144haという本州屈指の大牧場でしたが、平成13年3月に閉場となっています。
国の名勝「イーハトーブの風景地」に指定される宮沢賢治作品の源泉となった場所は、種山ヶ原のほか、花巻市のイギリス海岸、釜淵の滝、岩手郡雫石町の七つ森(7つの連なった低山の総称)、狼森(おいのもり/小岩井農場内の森)、滝沢市の鞍掛山、花巻市、遠野市、奥州市の五輪峠(ごりんとうげ)があります。
種山ヶ原モナドノックス | |
名称 | 種山ヶ原モナドノックス/たねやまがはらもなどのっくす |
所在地 | 岩手県奥州市、気仙郡住田町、遠野市 |
関連HP | 住田町公式ホームページ |
電車・バスで | JR水沢江刺駅からタクシーで30分 |
ドライブで | 東北自動車道水沢ICから約35km |
駐車場 | あり |
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