隠岐国分寺

聖武天皇の勅願で742(天平14)年、諸国に建立された国分寺(正式名は金光明四天王護国之寺)のひとつで、隠岐国(おきのくに)に建立されたのが隠岐国分寺。明治2年の廃仏毀釈によって焼き払われるまで後継寺院である隠岐国分寺の本堂、庫裡、鐘楼、仁王門など数多くの堂宇がありましたが、現在では本堂などが建つのみ。

後醍醐天皇の隠岐配流時の行在所がここ

隠岐国分寺の山門

「後醍醐天皇行在所阯碑」

本堂の後方に柵で囲われた礎石群がありますが、これが明治以前の本堂の跡。
参道の横にも南門跡と中門跡と伝えられる礎石があるほか、境内からは奈良時代の瓦などが発掘されていますが、創建時の伽藍の詳細はまだ判明していません。

元弘の変で隠岐に配流になった後醍醐天皇の行在所(あんざいしょ)のあった場所といわれ国の史跡となっており、「後醍醐天皇行在所阯碑」が立っています。

867(貞観9)年、隠岐国は出雲国、石見国、長門国、伯耆国とともに新羅(しらぎ=朝鮮半島にあった古代国家)に近いということで国分寺などの浄地には八幅四天王像が送られ、新羅の調伏の道場という役割を担いました。

律令時代には、八幅四天王像を安置する「四王寺」が隠岐国分寺境内にあったのです。

後醍醐天皇の行在所に関しては、『増鏡』などに隠岐国分寺と記されていますが、島前の西ノ島町の黒木御所も後醍醐天皇の行在所とされており、定かでありません。

ちなみに、隠岐国分尼寺跡は、国分寺の南東400mにあり、発掘調査で建物跡6棟、柵跡12条、溝状遺構4条などが発見されています。

平成19年の火災後に再建された現在の本堂

蓮華会舞
4月21日に隠岐国分寺の野外ステージで奉納される『蓮華会舞』は、「隠岐国分寺蓮華会舞」として国指定重要無形民俗文化財に指定。
現在では「麦焼舞」「眠り仏」「獅子舞」「貴徳山神」「竜王」「太平楽」「仏舞」の7番が伝承されています。
奈良時代に日本に伝えられた舞が今に伝わる貴重なもの。
往時には6月15日に四王寺で行なわれた行事だったものです。

隠岐国分寺 DATA

名称 隠岐国分寺/おきこくぶんじ
所在地 島根県隠岐郡隠岐の島町池田風呂前5
関連HP 隠岐の島町観光協会公式ホームページ
電車・バスで 西郷港(ポートプラザ)から隠岐一畑交通バス五箇役場前・福浦行きで17分、国分寺前下車、すぐ
ドライブで 西郷港から約4km
駐車場 30台/無料
問い合わせ TEL:08512-2-2934
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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