岩手県花巻市、遠野市、奥州市の境、遠野街道(人首街道)の峠が、五輪峠(ごりんとうげ)。岩手県道174号(小友米里線)が通っていますが、かつては遠野と江刺を繋ぐ峠道で、宮沢賢治ゆかりの峠ということで、国の名勝「イーハトーブの風景地」のひとつにもなっています。
宮沢賢治は五輪峠を越え、水沢緯度観測所へ向かった
現在は北側を釜石自動車道が東西に横断していますが、江戸時代には盛岡藩領と仙台藩領の藩境で、うねうねとした峠道があり、昭和31年に車道が開通。
五輪峠の名は、天正18年(1590年)の葛西大崎一揆(かさいおおさきいっき)で戦死した父の菩提を弔うために建立した五輪塔に由来するといわれています。
現在の五輪塔は、昭和55年に建てられた2代目。
五輪塔の石は、下から順に地・水・火・風・空を表しています。
宮沢賢治の『春と修羅 第二集』に、花巻農学校卒業式翌日の大正13年3月24日、3月25日の日付をもつ詩篇『五輪峠』、『丘陵地過ぎる』、『人首町』の連作があります。
宮沢賢治は、岩手軽便鉄道鱒沢駅から五輪峠を経て、人首方面へ歩いて峠を越え、水沢緯度観測所(現・国立天文台水沢VLBI観測所)へ向かっています。
旧道は荒れている場合もあるので、事前に確認が必要。
国の名勝「イーハトーブの風景地」に指定される宮沢賢治作品の源泉となった場所は、五輪峠のほか、花巻市のイギリス海岸、釜淵の滝、岩手郡雫石町の七ツ森(7つの連なった低山の総称)、狼森(おいのもり/小岩井農場内の森)、滝沢市の鞍掛山の鞍掛山、奥州市、気仙郡住田町、遠野市にまたがる種山ヶ原(種山ヶ原モナドノックス)があります。
宮沢賢治『五輪峠』
あゝこゝは
五輪の塔があるために
五輪峠といふんだな
ぼくはまた
峠がみんなで五っつあって
地輪峠水輪峠空輪峠といふのだらうと
たったいままで思っていた
地図ももたずに来たからな
『春と修羅 第二集』より
五輪峠 | |
名称 | 五輪峠/ごりんとうげ |
所在地 | 岩手県花巻市東和町田瀬・遠野市小友町・奥州市江刺米里北新田 |
関連HP | 小友町公式ホームページ |
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