おふくろさん歌碑

おふくろさん歌碑

鹿児島県薩摩川内市(さつませんだいし)、東シナ海に浮かぶ甑島列島・下甑島(しもこしきじま)の下甑郷土館近くに立つのが、おふくろさん歌碑。昭和46年5月5日発売の『おふくろさん』は、森進一の代表曲のひとつですが、下甑島は森進一の母親の故郷ということから、平成11年10月31日に歌碑が除幕されています。

森進一の母親のルーツが、下甑島

作詞家・川内康範(かわうちこうはん)との間に森が川内に無断で前奏パートを付けて歌唱したとして、「おふくろさん騒動」が勃発したことでも知られる『おふくろさん』。
川内康範は、作詞家として『月光仮面』、『まんが日本昔ばなし』の主題歌、青江三奈の『伊勢佐木町ブルース』、『恍惚のブルース』、水原弘『君こそわが命』、和田弘とマヒナスターズ・松尾和子『誰よりも君を愛す』、城卓矢『骨まで愛して』、そして森進一『おふくろさん』、『花と蝶』など、数々のヒット曲を世に出してきました。

『おふくろさん』は、川内康範が母親への思いを作詞した名曲。
「私が大切にする作品に『おふくろさん』という歌がある。母から教えられた生き方、人の情けの大切さ、無償の愛について書いた私の代表作である」(川内康範『おふくろさんよ 語り継ぎたい日本人のこころ』/マガジンハウス、平成19年)と記されていますが、この「おふくろさん」は、森さんの母親・森内尚子さんが歌のモデルともいわれています。

森進一(本名・森内一寛、昭和22年、山梨県甲府市生まれ)は、10歳の時に両親が離婚。
下甑村(現・薩摩川内市下甑町)がルーツで、日本統治下の朝鮮半島の港町・清津(チョンジン)で生まれた母親(森内尚子)に女手一つで育てられ、貧しい少年時代を送っています。
鹿児島城(鶴丸城)に近い、鹿児島市立長田中学校を卒業後、集団就職で大阪に出て、歌手として花開いています。

森さんが『おふくろさん』という歌に重ねて、母親のルーツ・下甑島に思いを募らせていることを下甑村関係者が知り、有志で歌碑建立実行委員会を結成、建立されたのがおふくろさん歌碑なのです。

おふくろさん歌碑
名称 おふくろさん歌碑/おふくろさんかひ
所在地 鹿児島県薩摩川内市下甑町手打
関連HP 薩摩川内市公式ホームページ
電車・バスで 長浜港ターミナルからタクシーで20分
問い合わせ 下甑島観光案内所 TEL:09969-5-1800
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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