釣掛埼灯台

釣掛埼灯台

鹿児島県薩摩川内市(さつませんだいし)、東シナ海に浮かぶ甑島列島・下甑島(しもこしきじま)の南端、釣掛埼の高台に建つのが、釣掛埼灯台(つりかけざきとうだい)。明治29年12月15日に初点灯という歴史ある灯台で、、現在の灯台は昭和26年の再建。灯台の近くまで観光道路が整備されています。

日清戦争後に建設された台湾航路灯台8灯台のひとつ

日清戦争の勝利で、明治28年4月17日調印の日清講和条約で、台湾、澎湖諸島、遼東半島が日本の領土に割譲。
台湾の開発に欠かせない航路整備の重要性から、奄美大島の曽津高埼灯台(そつこうさきとうだい/明治29年11月1日初点灯、昭和63年再建) 、沖縄の伊江島灯台(明治30年3月5日初点灯、昭和29年、アメリカ軍が再建)などの灯台とともに建設された、陸軍省が設置の台湾航路灯台8灯台のひとつで、他の台湾航路の灯台と同様に、空襲を受け大破し、昭和26年に現在の灯台に再建されています。

建設当時の灯台は十角形、レンガ造りでした。

断崖上に建ち、塔高16.5m、海上から灯火部分までは146.1m。
光達距離は23海里(42.6km)で、電波標識(レーマークビーコン)により、雨や霧の日にも船舶の安全を守っています。

臨時台湾灯標建設部(陸軍省)が建設した台湾航路灯台は、釣掛埼灯台のほか、屋久島灯台(明治30年1月10日、現存、国の登録有形文化財)、曽津高埼灯台(奄美大島/現・鹿児島県瀬戸内町)、伊江島灯台(現・沖縄県伊江村)、先原埼灯台(爆撃で倒壊/現・沖縄県那覇市)、津堅島灯台(台座のみ現存/現・沖縄県うるま市)と台湾の2灯台です。

釣掛埼灯台
名称 釣掛埼灯台/つりかけざきとうだい
所在地 鹿児島県薩摩川内市下甑町手打
関連HP 薩摩川内市公式ホームページ
電車・バスで 長浜港ターミナルからタクシーで30分
問い合わせ 下甑島観光案内所 TEL:09969-5-1800
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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