報国寺

報国寺

神奈川県鎌倉市浄明寺、神奈川県道204号(金沢鎌倉線)、かつての金沢街道近くに建つ臨済宗建長寺派の古刹が報国寺(ほうこくじ)。本堂の奥(開山堂であった休耕庵跡)には1000本を超す見事なモウソウダケの竹林と庭があることから、別名「竹の寺」とも呼ばれ、奥の茶処では、竹林を眺めながら抹茶を味わうことも可能。

川端康成も愛した「竹の寺」

建武元年(1334年)、無学祖元の弟子で中国(元)へ渡って修行した天岸慧広(てんがんえこう=佛乗禅師)が座禅堂を建てたのが始まりと伝えられています。
開基は足利尊氏の祖父、足利家時(報国寺殿と呼ばれていました)で、足利家、上杉家の菩提寺にもなっています。
江戸時代には広大な寺域を誇り、総門に「漸入佳境」を掲げていたのだとか。

裏手には足利家時(あしかがいえとき=足利尊氏の祖父)、足利義久(あしかがよしひさ)の墓というやぐら、新田義貞鎌倉攻戦死者の塚も残されています。
永享11年(1439年)、永享の乱に敗れた鎌倉公方・足利持氏の嫡男・足利義久はわずか17歳(あるいは10歳とする説も)で報国寺で自刃し、関東の足利氏終焉の地ともなっているのです。

美しい竹林の間には石仏や石塔が配された小径があり、散策に最適。
本尊の釈迦牟尼仏は、鎌倉時代の作、開山仏乗禅師坐像は、貞和3年(1347年)運朝作で、ともに鎌倉市の文化財に指定されています。

日曜には迦葉堂(かしょうどう)で、『日曜坐禅会』も行なわれています(7:30までに集合、途中での退場は原則不可)。

ちなみに、川端康成は、昭和10年(36歳の時)、鎌倉市浄明寺の報国寺の近くに転居し、2年ほど暮らしています。
そして、長編小説『山の音』(昭和24年)のモチーフとなった「山の音」とは、鎌倉の谷戸の音なき音を表現したもの。

 

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