重要文化財 時國家(下時国家)

重要文化財 時國家(下時国家)

石川県輪島市にある建物が国の重要文化財、庭園が国の名勝に指定されるのが重要文化財 時國家(下時国家)。初代は文治元年(1185年)、能登に配流された平時忠(たいらのときただ)という時国家には、現在、上時国家(本家)と下時国家(分家)の両家があり、こちらは分家の下時国家です。

奥能登の歴史と文化を今に伝える名家

重要文化財 時國家(下時国家)

下時国家は、寛文10年(1670年)、時国家12代・藤左衛門時保の時に分家して、加賀藩領の現在地に移り(当時本家は天領でした)、十村役(とむらやく=加賀藩第3代藩主・前田利常が制定した農政の管理懐柔制度)や肝煎(きもいり=名主)、山廻役(やままわりやく=加賀藩の森林保全と国境警備の役職)、能登外浦一円の塩吟味役を務めました。

分家した際に建てられたと伝えられる現存する建物(江戸時代中期ないし末期築と推測されています)は、本造平屋建てで、大屋根は萱葺き(わらぶき)入母屋造り(いりもやづくり)。
梁(はり)や柱の造りなどに中世独特の技法が使われており、国の重要文化財。
中2階の小部屋と小屋組内に「かくし倉」が配されています。

また池泉回遊式の庭園は名勝庭園に指定。
庭園のキリシマツツジは、5月上旬が見頃。

近くには本家 上時国家もあります。

平大納言と称された平時忠は、壇ノ浦合戦で捕虜となり、神鏡を守った功績により減刑を嘆願。
さらに源義経に接近し、娘の蕨姫を源義経に嫁がせます。
源義経と源頼朝の関係悪化を受け、平時忠は能登国に配流され、文治5年(1189年)に能登で没しています(墓は珠洲市にあります)。
上時国家、下時国家は、息子の平時国の末裔。

画像協力/石川県観光連盟

重要文化財 時國家(下時国家)
重要文化財 時國家(下時国家)
名称 重要文化財 時國家(下時国家)/じゅうようぶんかざい ときくにけ(しもときくにけ)
所在地 石川県輪島市町野町西時国2-1
関連HP 重要文化財 時國家(下時国家)公式ホームページ
電車・バスで JR金沢駅から北鉄特急バス輪島行きで2時間、輪島バスターミナルから奥能登観光開発バス町野行きで30分、曽々木口下車、徒歩5分
ドライブで のと里山海道のと里山空港ICから約32km
駐車場 40台/無料
問い合わせ 重要文化財 時國家(下時国家)TEL:0768-32-0075
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
本家 上時国家

本家 上時国家

時国家は、壇ノ浦の戦いに敗れて奥能登(珠洲)に配流された平時忠(たいらのときただ)の五男・平時国を祖とする名家。近世初期に上時国家、下時国家に分かれ、現在でもほぼ300m離れたところに両家の住宅が残されています。本家 上時国家では21代当主

 

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