確実に誤解を生む! まさかの天守閣(7)小牧山城|愛知県

愛知県営名古屋空港(小牧空港)の北、濃尾平野の独立峰、小牧山に築かれた城が、小牧山城。もともとは織田信長が、美濃平定を目指し、清州城から本拠を小牧山に移して城を築いたのが始まり。信長没後の権力争いの小牧山の戦いでも有名です。そんな小牧山の山頂には立派な天守風の建物がそびえています。

信長が築城し、家康が砦に改修

山麓から眺める小牧山、立派な「天守」がそびえ立つ

尾張国(愛知県西部)は、兵農分離が進み、戦国時代の戦闘を有利に展開していますが、その最大の理由は肥沃な濃尾平野の存在です。
清州城を本拠にする織田信長は、尾張を平定、今川義元を桶狭間(おけはざま)で射ち取ると、三河の家康と同盟を結び、美濃国進出を狙います。
家臣の大反対を押し切って、永禄6年(1563年)に築いた山城が小牧山城です。

近年の研究や発掘調査で、強固な石垣で囲まれた城で、城下町も整備されているので、もともとは信長としてもここに居館を定めるつもりもあったのかもしれませんが、4年後の永禄10年(1567年)稲葉山城(岐阜城)を見事に攻略したため、居城と城下町を移し、岐阜と命名しています。

岐阜は濃尾平野では「扇の要」の要衝で、ここを拠点に「天下布武」に乗り出したため、小牧山城はわずか4年でお役御免に。
信長が本能寺の変で明智光秀に討たれ、その光秀が羽柴秀吉に敗れると、羽柴秀吉と徳川家康との戦いの火蓋が切られます。
その主戦場となったのが小牧山城周辺。

廃城となった小牧山は、徳川家康軍が陣を構え、再び重要な砦として機能したのです。
その際に実戦的な砦として改修を行なっています。

大手道を使って登城できます

天守閣風の建物は「小牧山歴史館」

小牧山城とは無関係な天守閣風の建物です

江戸時代は、尾張徳川家の領地として立ち入りが禁じられていましたが、昭和5年、徳川家が小牧町(現・小牧市)に小牧山を寄贈。

昭和42年、名古屋市の実業家・平松茂が天守閣風で、鉄筋コンクリート造り、3層4階建ての小牧市歴史館を私財を投じて建設し、小牧市に寄贈。
これが現在の「小牧山歴史館」です。

設計は名工大・城戸久教授で、城ではなく、京都・西本願寺の飛雲閣を模したもの。
なぜ城をモデルとしなかったかといえば、小牧山城には天守がなかったと推測されるから。
頑強な石垣は、後の安土城にも通じるものがありますが、まだまだ天守という発想はなく、せいぜい櫓(やぐら)程度の建物が築かれていたのではないのかと推測されます。

「小牧山歴史館」は、令和5年3月にリニューアルが終了し、小牧・長久手の合戦など、戦国時代の小牧山に関する展示内容に全館改装。
4階の展望室は標高100mに位置し、濃尾平野を一望にできるので、博物館兼展望台としての利用価値は大です。

ただし、史実とは異なる建物(模擬天守)ということに留意して、登城を。
小牧山には石垣、土塁など往時の遺構が残されていて、続日本100名城にも選定されています。

4階の展望室から名古屋方面を眺望
確実に誤解を生む! まさかの天守閣(7)小牧山城|愛知県
名称 小牧山城/こまきやまじょう
所在地 愛知県小牧市堀の内1-1
関連HP 小牧市公式ホームページ
電車・バスで 名鉄小牧線小牧駅から徒歩25分。または、名鉄バス・小牧巡回バスで小牧市役所前下車、徒歩10分
ドライブで 東名高速道路小牧ICから約2km
駐車場 小牧山北駐車場(50台/2時間まで無料、以降有料)
問い合わせ 教育委員会事務局小牧山課史跡係 TEL:0568-76-1623/FAX:0568-75-8283
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
小牧山城

【完全攻略ガイド】小牧山城

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史跡小牧山

濃尾平野の東部にある標高85.9mの独立峰が小牧山。織田信長は1563(永禄6)年に小牧山城を築城し、清洲から居城を移していますが、4年後に美濃の斎藤道三(さいとうどうざん=斎藤龍興)を攻略して稲葉山城(岐阜)へ移り、短い間で小牧山城は廃城

小牧山歴史館(小牧山城)

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