金毘羅船々♫

金毘羅船々(こんぴらふねふね) 追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ♪ まわれば 四国は讃州(さんしゅう)那珂の郡(なかのごおり) 象頭山(ぞうずさん)金毘羅大権現(こんぴら だいごんげん) 一度まわれば♫ この歌を知っていても口ずさんでも、意味がイマイチわかならいという人も多いのでは。

金刀比羅神社本宮

金刀比羅神社本宮

琴平街道(金毘羅往来)

琴平街道(金毘羅往来)

一番の歌詞を解説すると・・・

金毘羅船々=金毘羅(こんぴら)とは四国、讃岐国(香川県)にある金毘羅大権現のこと。明治以前の神仏混淆時代には金毘羅大権現としょうしていましたが、明治初年の神仏分離、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の流れで、金刀比羅宮という神社に変わっています。
追風に帆かけて=進む方向に吹く追い風のこと。風を帆に受けて順風満帆の様子を唄っています。
シュラシュシュシュ=船が速く進む様子ですが、シュラは修羅で、巨石など重い物を載せて引く、そりの形の運搬具かけた言葉とする説もあります。
四国は讃州那珂の郡=那珂郡(なかのごおり=なかぐん)は、香川県にあった郡。現在の丸亀市、琴平町一帯です。
象頭山=象頭山(ぞうずさん)は、琴平街道(金毘羅往来)から眺めた山容が象の頭を思わせることからついた名前の山。琴平山(標高524m)とともに「象頭山」として瀬戸内海国立公園、名勝、天然記念物に指定されています。

金毘羅船で賑わう多度津湊

金毘羅船で賑わう多度津湊

大坂からの玄関口となっていた丸亀の湊

大坂からの玄関口となっていた丸亀の湊

歌が生まれた背景を探ると

旅人や船頭が旅の途中で歌った道中唄、さらにお座敷唄として全国に広まった『金毘羅船々』のルーツについては諸説あって定かでありません。

もっとも古い説では、元禄年間(1688年〜1704年)に、金毘羅船の出た大坂湊の宿場から歌い出されたというもの、天保年間(1830年〜1844年)説、下ったところでは明治の初めという説も。

讃岐(さぬき=香川県)の金毘羅大権現を目ざす、金毘羅参りが盛んに行なわれるようになったのは江戸時代後期の文化文政(1804年〜1829年)あるいは天保年間なので、天保年間説に信憑性が高まります。

参拝者の多くは大坂湊(現・大阪港)から備前を経由し、丸亀、そして多度津に至りました。備前より上方の参詣客は丸亀へ、中国・九州など西国からは多度津に上陸するのが一般的でした。
金毘羅航路の金毘羅船は、大坂湊を起点にしていましたが、その宿のお座敷唄として歌われたのが『金毘羅船々』だったというわけで、庶民にとって、金毘羅さんへの船旅は憧れだったといえるのです。

丸亀は天保年間の初めに新しい湛保(たんぽ=港)を建設して金毘羅船を集めて繁栄。これに対抗する形で、多度津も1834(天保5)年から5年の歳月を費やして多度津湛保の建設を行なっています。

多度津は、多度郡の津(湊・港)というのが地名の由来。四国の玄関口として繁栄し、江戸時代には北前船の寄港地として讃岐三白(讃岐国の名産品である、塩、砂糖、綿花)の積出、そして金毘羅参詣の人々を乗せた金毘羅船の出入りで賑わいをみせたのです。
『金毘羅参詣名所図会』には、多度津のことを「此津は丸亀に続きて繁昌の地なり」と紹介しています。

明治22年5月に丸亀駅〜琴平駅間の15.5kmに讃岐鉄道が開通し、丸亀と多度津は、「四国の鉄道発祥の地」にもなっています。開通当時の多度津駅は、大阪商船の大阪多度津航路など大阪・阪神方面からの航路に接続するため港近くにあり、スイッチバックで駅構内に入線していました。

この鉄道も、実は多度津で回船問屋を営んでいた景山甚右衛門(かげやまじんうえもん)が、金毘羅参詣客の輸送に目をつけて鉄道敷設を計画したもの。

金毘羅船で栄えた多度津の家並み

金毘羅船で栄えた多度津の家並み

金毘羅船々 全歌詞

座敷唄でもあったので、いろいろなバージョンがありますが、歌詞の一例を記載します。

(一番)
金毘羅船々 追い手に帆かけて
シュラシュシュシュ
回れば 四国は
讃州 那珂の郡
象頭山 金毘羅大権現
いちど まわれば

(二番)
金毘羅石段 桜の真盛り
キララララ
振袖島田が サッと上る
裾には降りくる 花の雲
いちど まわれば

(三番)
金毘羅み山の 青葉のかげから
キララララ
金の御幣(ごへい)の 光がチョイさしゃ
海山雲霧(うみやまくもきり) 晴れわたる
いちど まわれば

(四番)
お宮は金毘羅 船神(ふながみ)さまだよ
キララララ
時化(しけ)でも無事だよ 雪洞(ぼんぼり)ゃ明るい
錨(いかり)を下(おろ)して 遊ばんせ
いちど まわれば

金刀比羅宮

2017.12.06

 

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ABOUTこの記事をかいた人。

酒井正人(プレスマンユニオン理事)

ラジオ・テレビレジャー記者会会員/旅ソムリエ。 旅の手帖編集部を経て、まっぷるマガジン地域版の立ち上げ、編集。昭文社ガイドブックのシリーズ企画立案、編集を行なう。その後、ソフトバンクでウエブと連動の旅行雑誌等を制作、出版。愛知万博公式ガイドブックを制作。以降、旅のウエブ、宿泊サイトにコンテンツ提供、カーナビ、ポータルサイトなどマルチメディアの編集に移行。

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