落柿舎

落柿舎

俳人・松尾芭蕉の門下生であり、芭蕉十哲のひとり、向井去来(むかいきょらい)が晩年を過ごした草庵跡が京都市嵯峨野の落柿舎(らくししゃ)。去来はここを、身分の差なく、誰もが自由に出入りできる俳句道場とすることを旨とし、土間の入口に下がる蓑(みの)と笠で、主人の在宅を表わしていたのです。

芭蕉も滞在した嵯峨野の庵

芭蕉から野沢凡兆とともに『猿蓑』の編集に抜擢された向井去来。
落柿舎という風雅な名前は、庵の周囲の柿が一夜にしてすべて落ちたことに由来しています。

元禄4年(1691年)4月18日〜5月4日には、芭蕉もこの庵を来訪し、17日間滞在。
このときの随想を綴ったものが、よく知られる『嵯峨日記』。
「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」は、『嵯峨日記』の最終日、5月4日の詠んだ句。
明日は落柿舎を去る日、庵をしみじみと見れば、色紙を剥いだ跡の残る壁の模様などにも今更の思いが込み上げてくるという意(落柿舎には句碑も立っています)。

現存する庵は、明和7年(1770年)に俳人・井上重厚(いのうえじゅうこう/嵯峨出身で去来の親族、芭蕉の墓がある大津・義仲寺住職・無名庵主で、芭蕉百回忌も営んでいます)の再建。
また庵の裏手、弘源寺墓地には、遺髪を納めたという去来唯一の墓も立っています。
自然石に、ただ、「去来」とのみ刻まれているので、お見逃しなく。

落柿舎
落柿舎
名称 落柿舎/らくししゃ
所在地 京都府京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20
関連HP 京都観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR嵯峨嵐山駅・京福嵐山本線嵐山駅から徒歩15分。またはJR京都駅から市バス・京都バスで50分、嵯峨釈迦堂前下車、徒歩5分
ドライブで 名神高速道路京都南ICから約14km
駐車場 市営嵐山観光駐車場(105台/有料、紅葉シーズンの土・日・祝は要予約)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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