土御門第跡(土御門殿跡)

土御門第跡(土御門殿跡)

現在の京都御苑・仙洞御所の東北部一帯は平安時代の摂政・太政大臣だった藤原道長(ふじわらのみちなが)の邸宅跡が土御門第跡(土御門殿跡)。道長が「この世をば我が世とぞ思ふ 望月の欠けたることのなしと思へば」で知られる有名な「望月の歌」を詠んだのもこの土御門第(土御門殿)です。

藤原道長の邸宅跡が京都御苑・仙洞御所の東北に

土御門第跡(土御門殿跡)

『紫式部日記絵巻』に描かれた土御門第(土御門殿)の藤原道長

土御門第(土御門殿)という邸宅の名は上東門に至る土御門大路に面していることに由来。

左大臣・源雅信(みなもとのまさざね)が創建したと推測され、雅信の娘・倫子と藤原道長の結婚により、道長の邸宅となりました。

道長の姉である藤原詮子(ふじわらのせんし)や、長女・藤原彰子が一条帝の次男・敦成親王(のちの後一条帝)の邸宅ともなり、彰子が出産を控えて土御門第に退出したとき、これに仕えたのが紫式部です。
『紫式部日記』に克明に描写され、鎌倉時代に『紫式部日記絵巻』として絵画化されています。

彰子の妹・嬉子もここで後冷泉天皇を出産、後一条、後朱雀、後冷泉ら3代の天皇の里内裏ともなり、道長家の栄華を象徴する場所になっています。

吉田兼好の『徒然草』(第25段)には廃墟になった様子が記されているので、少なくとも鎌倉時代後期には荒廃していたことがわかります。

藤原道長は土御門第(土御門殿)の東側に、法成寺(ほうじょうじ)を創建していますが、やはり鎌倉時代後期には荒廃し、今では石碑が立つのみとなっています。

土御門第跡(土御門殿跡) DATA

名称 土御門第跡(土御門殿跡)/つちみかどていあと(つちみかどどのあと)
所在地 京都府京都市上京区京都御苑
関連HP 環境省公式ホームページ
電車・バスで 地下鉄烏丸線今出川駅から徒歩15分
ドライブで 名神高速道路京都南ICから約9.5km
駐車場 中立売西駐車場(250台/有料)
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
 

 

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