芭蕉の辻

芭蕉の辻

宮城県仙台市青葉区、国分町通(奥州街道)と青葉城から東に延びる大町通り(大手筋)との交差点が、芭蕉の辻。藩政時代の仙台城下の中心となった十字路で、札番所(ふだばんどころ)があり各種の札が掲げてあったので、札の辻とも呼ばれていました。宮城県の道路元標(里程元標)がここに設置されています。

仙台城下の町割りの基点となった芭蕉の辻

芭蕉の辻

辻に面した四方には藩が造営した警固な建物があり、いざという時には城下防備の拠点ともなったのです。
芭蕉の辻という名の由来は、辻に芭蕉が植えられていたから(『封内風土記』)とも、伊達正宗(だてまさむね)の抱えた隠密・芭蕉(虚無僧)が恩賞として辻の四隅の建物を授かったことに由来する(『封内山海名蹟記』)とも、芭蕉の葉のように広い道からともいわれ定かでありません。

奥州街道の幅は、城下では4間(7m)だったので、今も国分町通の幅は、ほぼ変わりありません。

道の真ん中には仙台城下の生活用水である四ツ谷用水の支流が交差して流れていました。
四ツ谷用水は、伊達政宗が近江国蒲生郡の川村孫兵衛重吉を家臣にして、仙台城下に築造するよう命じた網目状の用水路。
川村孫兵衛は、仙台平野北部の新田開発、北上川の河川改良、石巻の築港工事、舟運の整備、さらに四ッ谷堰(城下町をくまなく流れた四ッ谷用水の取水口)、貞山堀の建設と大活躍し、仙台藩の基礎、宮城県が「豊穣の地」となる土台を築いています。

現在は、北西の角に昭和45年建立の「芭蕉の辻」碑、「江戸六十九次」「日本橋迄九十三里」と刻まれた標石が立っています。

ちなみに、仙台市道路元標は、芭蕉の辻ではなく、国道45号・国道48号(国道286号重複)と宮城県道22号仙台泉線(旧国道4号)の交点である勾当台公園の前に設置されています。

芭蕉の辻
名称 芭蕉の辻/ばしょうのつじ
所在地 宮城県仙台市青葉区大町1-4
関連HP 仙台観光情報サイト
電車・バスで 仙台市地下鉄青葉通一番町駅から徒歩2分
ドライブで 東北自動車道仙台宮城ICから約6km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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