御坂隧道を抜けて富士山の絶景を鑑賞!

御坂峠

「富士には月見草がよく似合ふ」の名文句で知られる太宰治の小説『富嶽百景』ですが、太宰が舞台となる山梨県河口村(現・富士河口湖町)の御坂峠(みさかとうげ)、天下茶屋を旅したのは、昭和13年9月13日のこと。実は御坂峠には昭和6年11月に御坂隧道が完成し、甲府と富士吉田を結ぶ路線バスも運行されていたのです。

隧道開通時は東京と山梨を結ぶ最短の国道だった!

昭和6年9月に満州事変が勃発していますが、御坂隧道は、その年の5月に貫通、11月に完成しています。
世界的な不況の中、失業者の救済としての工事にもなっていましたが(東京府の失業者を半数雇用することが条件)、低賃金に加え、きつい労働で、工事は困難を極めたと伝えられています。

現在は山梨県道708号(富士河口湖笛吹線)ですが、工事の計画・完成時は、未整備の笹子峠越えに代えて御坂峠越えとする新国道8号線計画で誕生した車道です。
昭和天皇即位(御大典)記念事業として県会で可決され、車社会の到来への対策として開削された幹線ルートでした(856万円の総工費と、延べ36万人を動員しての大規模な道路開削でした)。

つまりは、当時、東京と山梨を結ぶ最短ルートは、現在の中央自動車道の笹子峠越えではなく、この御殿場経由の御坂峠越えで、開通と同時に太宰治も乗車した路線バスが、甲府と富士吉田を2時間で結びました。

とはいえ、未舗装の林道のような国道で、バスもボンネットバスという時代です。

昭和42年に新御坂トンネルが開通し、お役目御免となった峠越えの道と御坂隧道ですが、今も現役の車道トンネルとして使われ、平成9年に国の登録有形文化財に。
全長396m、幅員6m、高さ4mの隧道で、河口湖側の坑門上には、銘板「天下第一」が掲げられています。
時の内務大臣・安達謙蔵(あだちけんぞう)の揮毫(きごう)で、御坂口側の扁額には「御坂隧道」なので、「天下第一」の絶景を宣言したのだと推測できます。

河口湖側の出口からは眼前に富士山を眺望、出口の左側には太宰治も逗留した「天下茶屋」があり(再建された建物です)、往時の雰囲気を今に伝えています。

ちなみに「天下茶屋」ですが、もともとは「峠の茶屋」と呼ばれ、富士山の絶景から「天下一茶屋」などとも称されていましたが、徳富蘇峰(とくとみそほう)が新聞で「天下茶屋」と紹介したことで、その名が定着したもの。
徳富蘇峰が主幹の『國民新聞』の昭和13年10月6日発行に、太宰治は『富士に就いて』というエッセイを掲載しています。

太宰治『富士に就いて』

 甲州の御坂峠の頂上に、天下茶屋という、ささやかな茶店がある。私は、九月の十三日から、この茶店の二階を借りて少しずつ、まずしい仕事をすすめている。この茶店の人たちは、親切である。私は、当分、ここにいて、仕事にはげむつもりである。

 天下茶屋、正しくは、天下一茶屋というのだそうである。すぐちかくのトンネルの入口にも「天下第一」という大文字が彫り込まれていて、安達謙蔵、と署名されている。この辺のながめは、天下第一である、という意味なのであろう。ここへ茶店を建てるときにも、ずいぶん烈しい競争があったと聞いている。東京からの遊覧の客も、必ずここで一休みする。バスから降りて、まず崖の上から立小便して、それから、ああいいながめだ、と讃嘆の声を放つのである。

 遊覧客たちの、そんな嘆声に接して、私は二階で仕事がくるしく、ごろり寝ころんだまま、その天下第一のながめを、横目で見るのだ。富士が、手に取るように近く見えて、河口湖が、その足下に冷く白くひろがっている。なんということもない。私は、かぶりを振って溜息を吐く。これも私の、無風流のせいであろうか。

 私は、この風景を、拒否している。近景の秋の山々が両軸からせまって、その奥に湖水、そうして、蒼空に富士の秀峰、この風景の切りかたには、何か仕様のない恥かしさがありはしないか。これでは、まるで、風呂屋のペンキ画である。芝居の書きわりである。あまりにも注文とおりである。富士があって、その下に白く湖、なにが天下第一だ、と言いたくなる。巧みすぎた落ちがある。完成し切ったいやらしさ。そう感ずるのも、これも、私の若さのせいであろうか。

 所謂「天下第一」の風景にはつねに驚きが伴わなければならぬ。私は、その意味で、華厳の瀧を推す。「華厳」とは、よくつけた、と思った。いたずらに、烈しさ、弱さを求めているのでは、無い。私は、東北の生れであるが、咫尺しせきを弁ぜぬ吹雪の荒野を、まさか絶景とは言わぬ。人間に無関心な自然の精神、自然の宗教、そのようなものが、美しい風景にもやはり絶対に必要である、と思っているだけである。

 富士を、白扇さかしま、、、、など形容して、まるでお座敷芸にまるめてしまっているのが、不服なのである。富士は、溶岩の山である。あかつきの富士を見るがいい。こぶだらけの山肌が朝日を受けて、あかがね色に光っている。私は、かえって、そのような富士の姿に、崇高を覚え、天下第一を感ずる。茶店で羊羹ようかん食いながら、白扇さかしま、、、、など、気の毒に思うのである。なお、この一文、茶屋の人たちには、読ませたくないものだ。私が、ずいぶん親切に、世話を受けているのだから。

御坂隧道を抜けて富士山の絶景を鑑賞!
名称 御坂隧道/みさかずいどう
所在地 山梨県南都留郡富士河口湖町河口〜笛吹市御坂町藤野木
ドライブで 中央自動車道河口湖ICから約16km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
御坂峠天下茶屋

御坂峠天下茶屋

山梨県富士河口湖町、富士吉田市と甲府を結ぶ旧国道137号の御坂(みさか)トンネル河口湖側に建つ昭和9年創業の茶屋が御坂峠天下茶屋(みさかとうげてんかじゃや)。 富士の眺めの素晴しさから富士見茶屋、天下一茶屋などと呼ばれていましたが、徳富蘇峰





 

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