弥彦神社の再建と、鉄道の開通を記念して造られた16万平米という広大な公園が弥彦公園で、弥彦神社の外苑にあたる場所。4月の桜(八重桜、ソメイヨシノが約1000本)、5月のツツジ・サツキ・藤と10月下旬〜11月中旬のもみじ谷の紅葉が有名。公園一帯は小高い丘陵地で頂上の御殿山休養広場へと通じる散策路も整備されています。
弥彦駅近くの桜、ツツジの名所は弥彦神社の外苑
弥彦神社(彌彦神社)は、明治45年に社殿を焼失し、大正5年10月に現在地に再建されていますが、大正5年10月16日に越後鉄道弥彦支線(西吉田駅〜弥彦駅/昭和2年に国有化、現在のJR弥彦線)が開通し、参拝者の便宜が図られています。
弥彦支線は、参宮線と呼ばれたように、まさに弥彦神社参拝客を運ぶための鉄道で、大正5年の弥彦神社遷座に合わせて計画されています。
大正7年、越後鉄道常務・久須美東馬(くすみとうま)が私財を投じて築いたのが、弥彦公園です(大正7年当時は衆議院議員)。
久須美家は東馬で28代を数える名家で、『曽我物語』で名高い曽我十郎祐成の末裔とされる家系(仇討ちに先立ち、妻を越後に)で、長岡市にある名園「住雲園」は、16代目の久須美六郎左衛門政信が享保2年(1717年)に築いたもの。
「住雲園」を自邸とする久須美東馬は、造園に反対する越後鉄道役員や株主を説き伏せ、自らも好きな煙草(たばこ)を断ち、役員賞与はすべて公園造りのために注ぎ込んだのです。
久須美東馬は、弥彦駅の駅舎、駅前広場、弥彦公園の一体的開発を行ない、東京市から造園家・村木金五郎を招き、弥彦に居を移して工事の陣頭指揮を行なったのです。
昭和2年、越後鉄道が国有化される際に、弥彦公園は国有化から除外され、清算法人越後鉄道の所有となるも、その後荒廃し、ブローカーが買い漁る自体も生まれましたが、弥彦神苑済美会が結成されて浄財で買収、昭和37年に弥彦神社に奉納するというかたちで、弥彦外苑としての弥彦公園が生まれたのです。
紅葉の見頃は例年10月下旬〜11月下旬
弥彦公園園内中央西側にある弥彦公園トンネル(弥彦隧道)は、煉瓦造り、花崗岩で飾った延長55mの人道トンネル。
公園の開園時に、弥彦神社が築いたもので、国の登録有形文化財に指定。
トンネル出口の岩石は、富士山から溶岩を運んでいます。
紅葉の名所として名高い弥彦神社ですが、紅葉の見頃は例年10月下旬〜11月下旬で、紅葉期間中はライトアップも実施されています。
もみじ谷の観月橋は、絶景スポット。
観月橋から徒歩15分、御殿山の麓にある湯神社(石薬師大明神)は「弥彦の霊泉」のルーツである温泉が湧いていた場所。
猟師の権九郎(一説には雁九郎)がたくさんの鳥獣が湯浴みしている霊泉を熊ヶ谷に発見したという伝説で、大穴牟遅命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)2柱を祀って湯神社を創建。
弥彦公園 | |
名称 | 弥彦公園/やひここうえん |
所在地 | 新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦 |
関連HP | 弥彦観光協会公式ホームページ |
電車・バスで | JR弥彦駅から徒歩1分 |
ドライブで | 北陸自動車道三条燕ICから約12.7km |
駐車場 | 2000台/無料(時期により有料の場合あり) |
問い合わせ | 弥彦観光案内所 TEL:0256-94-3154/FAX:0256-94-5211 |
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