出雲崎・妻入りの街並み(北国街道出雲崎宿)

出雲崎・妻入りの街並み(北国街道出雲崎宿)

新潟県三島郡出雲崎町、藩政時代には北前船の寄港、佐渡金山の陸揚げで繁栄し、北国街道の随一の宿場町だった天領・出雲崎(北国街道出雲崎宿)。北国街道に沿って妻入りの街並みが3.6kmにわたって続いています。北国街道は、国道352号より一本内側を並行する道で、往時の家並みが現存。

入りの街並みが延長3.6mも続く!

出雲崎・妻入りの街並み(北国街道出雲崎宿)

かつては現在の国道352号あたりまで、海岸線が迫っていたため、北国街道は少し内陸側に位置しています。
道の両脇に切妻屋根の家々が肩を寄せ合うように建つのが、当地独特の妻入りの街並み。

建物の正面玄関が妻側(短い壁側)にあって、2間〜3間半ぐらいと間口が狭く、奥行きが長い、いわゆる「うなぎの寝床」と呼ばれるような構造。
もともと平地が少ない上、当時は間口に応じて税金がかけられていたため、このような街並みが出現したわけです。

「良寛記念館」から見下ろせば、北国街道に沿って妻入りの建物が続いていることがよくわかります。
妻入りの街並みが延長3.6mも続くのは、日本でもここだけ。

江戸時代の出雲崎は、日本海側屈指の都市で、人口が1万人とも、2万人にものぼったと推測されています。
様々な業種が集まり、食い扶持のない近隣の農家の次男、三男は「天秤棒1本持って出雲崎へ行け」といわれるほど働き口に不自由ないところだったとか。
日本海に丘陵地が迫る非常に平地の少ない出雲崎が、越後随一の人口密度を誇り、経済の中心地として機能していたのです。
そんな繁栄を今に伝える出雲崎宿と旧北国街道は、国土交通省の「歴史国道」にも選定されています。

出雲崎・妻入りの街並み(北国街道出雲崎宿)
名称 出雲崎・妻入りの街並み(北国街道出雲崎宿)/いずもざき・つまいりのまちなみ(ほっこくかいどういずもざきしゅく)
所在地 新潟県三島郡出雲崎町尼瀬729-1
関連HP 出雲崎町観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR出雲崎駅からタクシーで10分
ドライブで 北陸自動車道西山ICから約16km
駐車場 いずもざき海遊広場駐車場、出雲崎漁港、出雲崎図書館など周辺の公共駐車場を利用
問い合わせ 出雲崎町観光協会 TEL:0258-78-2291/FAX:0258-41-7322
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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