とんねる横丁

とんねる横丁

長崎県佐世保市戸尾町、第二次世界大戦の最中に築かれた防空壕をそのまま利用した市場が、とんねる横丁。中央戸尾市場、西海市場、三角市場とともに戸尾市場街(とのおいちばがい)を形成し、佐世保市民の台所になっています。

戦時中に築かれた防空壕が商店街に!

海軍の佐世保鎮守府が置かれ、戦前は軍都として繁栄した佐世保。
第二次世界大戦が激化すると、空襲の被害を少なくするため、防空壕の掘削が奨励され、佐世保では行政、町内会、さらには家族単位で防空壕が掘られました(防空壕の中で最大のものは、宮村国民学校の子供達がツルハシで掘削した無窮洞)。

昭和20年6月28日〜29日の佐世保空襲では、「モロトフのパン籠」と呼ばれた1トンの焼夷弾が投下され、全焼1万2037戸、死者1242人という大きな犠牲を生みましたが、防空壕に逃れて九死に一生を得た人も多かったのです。

被災者は6万人を超えるという状況のなかで、焼け出された人の中から防空壕を住居や店舗に使う人も現れ、それが「とんねる横丁」のルーツとなったのです。
終戦直後にはバラック建ての商店が増加、芋や団子などの食べ物を販売していました。

復興が進む中で、道路整備が行なわれ、露店が禁止に。
その対策として佐世保市から道路の占用許可を得、土地の使用料を払うことで防空壕をそのまま店舗として利用できるという解決策が生まれました。
昭和23年、戦時中に掘削した5本の防空壕に加えて、さらに穴を掘って、後に「とんねる横丁」と呼ばれる18店の食堂が開業しています。

現在も60mほどに15店舗ほどが軒を連ね、気温と湿度が一定という利点を生かして様々な店が営業しています。
「四軒目食堂」は、右から4軒目にあるのが名の由来。
一時閉店していましたが、昭和レトロな酒場として復活しています。
佐世保バーガーの「ベースストリート」は、防空壕店と称し、人気のスポットに。

焼け跡から復興を歩み始めた人々の逞しさを今に伝えている貴重な横丁として、日本遺産「鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成資産にもなっています。

とんねる横丁
名称 とんねる横丁/とんえるよこちょう
所在地 長崎県佐世保市戸尾町~松川町
関連HP 佐世保観光コンベンション協会公式ホームページ
電車・バスで JR佐世保駅から徒歩5分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 佐世保観光情報センター TEL:0956-22-6630
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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