吉備津神社

吉備津神社

備中と備前との国境、「吉備の中山」(きびのなかやま)を御神体とする吉備国総鎮守として創建された古社が岡山市北区吉備津に鎮座する吉備津神社。7世紀後半、吉備国が3分割された後に備中国一之宮として歴代の国司に崇められました。主祭神は山陽道を制圧した四道将軍(しどうしょうぐん)の一人・吉備津彦命(きびつひこのみこと)です。

吉備の中山の麓に鎮座する吉備国総鎮守

吉備津神社

吉備津神社境内図

吉備津神社
吉備津神社

古代の吉備国は、畿内(ヤマト王権)や出雲と並ぶ一大勢力で、巨大古墳文化、優れた製鉄技術を有していました。
吉備津神社は古代、吉備国の総鎮守でしたが、吉備国の三国への分割により備中国の一宮となり、分霊を勧請して備前一之宮の吉備津彦神社(岡山市北区一宮)、備後一之宮の吉備津神社(広島県福山市)が創建されたと推測されています。

祭神の吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、『日本書紀に』北陸、東海、西道、丹波に派遣されたと記される四道将軍のひとりで、西道に派遣されたと伝えられる吉備津彦命。
『古事記』では吉備国平定を果たしたと記されています。
つまりは吉備津神社は、吉備津彦命の霊廟としての役割を担っているのです。

ただし、吉備津神社の社伝によれば、祭神の大吉備津彦命は吉備中山の麓の茅葺宮に住み、281歳で亡くなって山頂に葬られたとされ、まさに神話の世界の話。
『延喜式』神名帳では備中国賀夜郡に「吉備津彦神社 名神大」と記され、名神大社(みょうじんたいしゃ=古来より霊験が著しいとされる神に対する称号)に列せられています。

足利義満の命で再建された本殿と拝殿は国宝

吉備津神社
吉備津神社

吉備津神社に現存する本殿と拝殿は応永12年(1405年)、足利義満の命により再建されたもので国宝。
2つの檜皮葺き千鳥破風が、まるで鳥が翼を広げているように見える比翼入母屋造の特殊な構造で、吉備津造といわれるもの。
西斜面には360mもの回廊が続き、途中には釜の湯が沸く音で吉凶を占う『鳴釜の神事』(金曜日を除く毎日齋行)で知られる御釜殿(国の重要文化財)があります。

延文2年(1357年)再建の南随神門、天文11年(1542年)再建の北随身門も国の重要文化財。
参道の松並木は、県下最大の松並木となっています。

背後の吉備の中山には宮内庁管理の中山茶臼山古墳があり、吉備津彦命の陵墓とされています。
「吉備の中山」の備前側の山麓には吉備津彦神社が鎮座し、山中を通って中国自然歩道(吉備路ルート/神社間は3km・所要1時間10分)が通っています。

吉備津神社

桃守

吉備津神社

『鳴釜の神事』

 

吉備津神社 DATA

名称 吉備津神社/きびつじんじゃ
所在地 岡山県岡山市北区吉備津931
関連HP 吉備津神社公式ホームページ
電車・バスで JR吉備津駅から徒歩10分
ドライブで 山陽自動車道吉備スマートICから約4.2km。岡山ICから約8km
駐車場 300台/無料
問い合わせ TEL:086-287-4111/FAX:086-287-7644
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

取材・画像協力/岡山県観光連盟

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