高松城水攻め史跡公園(蛙ヶ鼻築堤跡)

高松城水攻め史跡公園(蛙ヶ鼻築堤跡)

岡山県岡山市市北立田に残る備中高松城の戦いの史跡が高松城水攻め史跡公園(蛙ヶ鼻築堤跡)。備中高松城の南側に2.6kmにわたる堤をわずか12日間で築き、人工の湖を出現させた「備中高松城の水攻め」。織田信長の命を受けた羽柴秀吉が、清水宗治の守備する備中高松城を水攻めで攻略した際の遺構です。

黒田官兵衛の献策でここに堤が築かれた!

当時、毛利の勢力範囲だった備中高松。
織田軍と毛利軍は備前・備中国境地帯で激戦を続け、天正10年3月15日(1582年4月7日)、羽柴秀吉以下2万の軍勢は、姫路城を出立し、備中高松に向け進軍。
宇喜多勢1万を加えて総勢3万の軍勢で備中に入ります。

羽柴秀吉軍は、軍議の結果、参謀の黒田官兵衛(黒田孝高)の献策で梅雨を利用し、足守川の水を引き入れるという壮大な策を実施しました。

羽柴秀吉軍は周囲の小城を攻め落とし、天正10年4月15日(1582年5月7日)、宇喜多勢を先鋒に3万近い備中高松城で城を包囲します。
当時、瀬戸内海は毛利の水軍が支配し、織田方の侵入を阻み、織田信長の本軍、そして織田水軍はまだ西に向け出立していなかったため、籠城する軍勢は数千人といえども必ずしも羽柴秀吉有利とはいえない状況でした。

そんな状況で黒田官兵衛(黒田孝高)は堤防を築いて水攻めすることを献策し、忍城の戦い、太田城 (紀伊国)の戦い、ととも日本三大水攻めに数えらる有名な合戦が生まれるのです。

門前村(JR吉備線足守駅付近)から蛙ヶ鼻(石井山南麓)までの4kmにわたって、高さ5m、底部24m、上幅12mという大規模で堅固な長堤を造り、足守川の水を堰き止めるというもの。
築堤奉行には蜂須賀正勝が任命され、12日間という突貫工事で完成、折からの梅雨の長雨で、200haもの湖が出現。
備中高松城は湖の中の孤島となり、物資の供給が完全に絶たれることになったのです。

ところが籠城戦1ヶ月余の天正10年6月2日(1582年6月21日)、本能寺の変が勃発。
備中高松へと進軍を図る織田信長が、家臣の明智光秀の謀反で落命。
6月3日夜、羽柴秀吉軍は、明智光秀から毛利方に送られた密使を捕縛し、織田信長が明智光秀の謀反によって京・本能寺で落命したことが記された密書を手にします。

黒田官兵衛(黒田孝高)は、これは羽柴秀吉の天下取りのチャンスだと秀吉を鼓舞し、信長落命の事実を高松城内に知られることなく、城主・清水宗治らの自刃で開城を実現させ、京へ向けての有名な「中国大返し」が始まるのです。

現在、羽柴秀吉軍が築いた堤の跡は蛙ヶ鼻に現存し、高松城水攻め史跡公園として整備されています。
調査によって盛り土は周辺の丘陵から運ばれた花崗岩風化土で、土俵の痕跡なども発掘。

高松城は沼沢地に臨む平城(沼城)で、秀吉時代には石垣がなく土壇だけで築かれていました。
周囲は沼と湿地で、それが堀の役割を果たしていたので、それを逆手に取った黒田官兵衛(黒田孝高)らしい壮大な奇策だったのです。

蛙ヶ鼻から現在のJR吉備線の南側を沿うようにしてJR足守駅近くまで堤が築かれたのですが、江戸時代の地元・備中国下道郡岡田(岡山県倉敷市真備町岡田)出身の地理学者・古川古松軒(ふるかわこしょうけん)は、大堤防の痕跡はなく、蛙ヶ鼻付近を堰き止めただけと記しています。

発掘された蛙ヶ鼻堰堤基礎部分が保存公開され、備中高松城本丸跡にある清水宗治首塚などとともに、貴重な「備中高松城の水攻め」の遺構となっています。

高松城水攻め史跡公園(蛙ヶ鼻築堤跡)
名称 高松城水攻め史跡公園(蛙ヶ鼻築堤跡)/たまかつじょうみずぜめしせきこうえん(かわずがばなちくていあと)
所在地 岡山県岡山市北区立田
関連HP おかやま観光コンベンション協会公式ホームページ
電車・バスで JR備中高松駅から徒歩10分
ドライブで 岡山自動車道岡山総社ICから約3km
駐車場 20台/無料
問い合わせ おかやま観光コンベンション協会 TEL:086-227-0015
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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