沖縄県豊見城市、平成11年に海軍壕公園として整備された旧海軍司令部壕に併設された施設が、海軍壕公園ビジターセンター・資料館。センター内の資料館では、第2次世界大戦における沖縄戦の位置付けと、戦争の推移を時系列で解説しています。ビジターセンター1階に旧海軍司令部壕の入口があります。
ビジターセンター内の資料館で沖縄戦、司令部壕を解説
資料館では、入口に大田實司令官の海軍次官に宛てた電文「県民斯ク戦ヘリ」を掲示。
「沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来 陸海軍方面 防衛戦闘ニ専念シ 県民ニ 関シテハ 殆(ほとん) ド 顧(かえり)ミルニ 暇(いとま)ナカリキ 然(しか)レドモ本職ノ知レル範囲ニ於(おい)テハ 県民ハ青 壮年(せいそうねん)ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ 残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却 セラレ 僅(わずか)ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支(さしつかえ)ナキ場所ノ小防空壕ニ避難 尚 砲爆撃下■■■風雨ニ曝(さら)サレツツ 乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ」(電文の一部を抜粋)
大田實司令官は、海軍次官に対し、「沖縄県民は最初から最後まで勤労奉仕や物資の節約を強いられ、ご奉公をするのだという一念を胸に抱きながら、 報われることもなく、この戦闘の最期を迎えてしまいました。沖縄県民はこのように戦いました。県民に対して後世特別のご配慮をして下さいますように」(現代語訳)と締めくくっています。
沖縄は本土防衛最後の砦として、日本の中で唯一住民を巻き込んだ地上戦が行なわれた場所で、日本海軍沖縄方面部隊を指揮する司令部として構築された地下壕は、沖縄戦において日本海軍が組織的戦闘の終焉を迎えた場所(4000名の兵士が壮絶な最後を遂げた壕)です。
ほぼ当時のまま現存する貴重な地下壕で、戦争の悲惨さと平和の尊さを今に伝えています。
軍部、住民それぞれの視点から沖縄戦と旧海軍司令部壕について紹介し、その全体で慰霊と反戦の遺志を伝える展示を形成しています。
モノトーンに彩色された館内では、壕を掘削した掘削用の桑、ツルハシ、壕内で発見されたやかんや水筒、薬ビンなどの遺品や写真、当時の戦況を伝える新聞、日本軍の銃器と手製の槍などを展示。
また、海軍壕直営売店では、海軍にまつわるグッズ、オリジナルTシャツを販売。
ちなみに旧海軍司令部壕の出口は少し離れたサービスセンターの場所です。
海軍壕公園ビジターセンター・資料館 | |
名称 | 海軍壕公園ビジターセンター・資料館/かいぐんごうこうえんびじたーせんたー・しりょうかん |
所在地 | 沖縄県豊見城市豊見城236 |
関連HP | 旧海軍司令部壕公式ホームページ |
電車・バスで | 那覇バスターミナルから沖縄バス、琉球バス、那覇交通バス、東陽バス糸満西原線、平和台安謝線で22分、豊見城城跡公園前下車、徒歩5分 |
ドライブで | 那覇空港から約5.9km。または、那覇空港自動車道豊見城ICから約3.7km |
駐車場 | 100台/無料 |
問い合わせ | 旧海軍司令部壕事業所 TEL:098-850-4055/FAX:098-850-9342 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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