伊祖城

伊祖城

沖縄県浦添市を走る県道153号沿いにある城(グスク)跡が伊祖城(いそぐすく)。沖縄最古の貿易港である牧港を見下ろす琉球石灰岩の丘陵上に、13世紀頃に築城された城が伊祖城。英祖王(えいそおう=1260年~1299年/古琉球三山の按司豪族の祖)は、この城で生まれたとされ、以降、5代にわたっての居城となっています。

名君としてその名を残す・英祖王誕生の地

太陽の子といわれた英祖王は、1260年に義本から王位を譲られたといわれ、英祖の父親は伊祖城にいた伊祖按司(いそあじ=伊祖の豪族の長)で、恵祖世主(えそよのぬし)と呼ばれていました。

英祖王の時代には、田畑の境界を定めて農業の生産性を高め、牧港を使って支配下に治めた久米島、慶良間諸島、伊平屋伊是名諸島から貢物が城へと運ばれたと伝えられます。

また、補陀落渡海(ふだらくとかい=小舟で海に出て補陀落を目指すもの)で漂着した禅鑑(出国先は不明で、南宋とも推測されています)に補陀落山極楽寺を創建させたことが沖縄の仏教流入の最初といわれています。

浦添は、農耕に適した広い平野、そして牧港という天然の良港を背景に、有力な支配者を輩出。
当時、琉球の中心地として栄えていました(首里城以前の琉球の王宮は、浦添城だったと考えられます)。

伊祖城は沖縄県の史跡になっていますが、考古学的な発掘調査が行なわれていないため詳しいことはわかっていません。
城跡内からは中国製青磁、白磁、南蛮陶器などが出土しているので、大陸との交易もうかがえます。

丘陵を囲むかたちで巡らされた石垣(城壁)や石段が現存するほか、周辺は伊祖公園として整備。
石垣(城壁)は、東北に向いた城門から本丸にかけてが切石積み、南西の断崖側は野面積みと技法を分けて積まれています。
城内にあった拝所をまとめて昭和10年に伊祖神社を建立。

伊祖城とともに「浦添八景」に数えられる浦添ようどれは、英祖王と尚寧王の一族が葬られたとされる王墓です。

名称 伊祖城/いそぐすく
所在地 沖縄県浦添市伊祖3丁目
関連HP 浦添市観光協会公式ホームページ
ドライブで 那覇空港からから約11km
駐車場 伊祖公園駐車場を利用
問い合わせ 浦添市観光協会 TEL:098-874-0145/FAX:098-917-0874
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
浦添ようどれ

浦添ようどれ

浦添城(沖縄県浦添市)の北側の崖の中腹にある初期琉球王国中山王陵(ちゅうざんおうりょう=中山王の陵墓)で国の史跡になっているのが浦添ようどれ。「ようどれ」とは夕凪(ゆうなぎ)を指す琉球語で、極楽という意味も有しているのです。浦添ようどれには

カーミージー(亀瀬)

カーミージー(亀瀬)

沖縄県浦添市の空寿崎(くうじゅざき)の先端部にある奇岩がカーミージー(亀瀬)。亀の甲羅の形に見えることからカーミージー(亀瀬)と呼ばれてきた。西海岸道路(浦添北道路)の建設では、地元住民の要望で海岸を埋め立てずに橋梁化することになった。干潮

 

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