カーミージー(亀瀬)

カーミージー(亀瀬)

沖縄県浦添市の空寿崎(くうじゅざき)の先端部にある奇岩がカーミージー(亀瀬)。亀の甲羅の形に見えることからカーミージー(亀瀬)と呼ばれてきた。西海岸道路(浦添北道路)の建設では、地元住民の要望で海岸を埋め立てずに橋梁化することになった。干潮時には、イノー(礁池)と海草藻場が広がり、自然観察にも絶好の地。

埋め立てからも守られた浦添市のイノー(礁池)

浦添市で唯一の天然ビーチが残るのがカーミージー(亀瀬)一帯。
カーミーは亀、ジーは岩礁地帯(瀬)を表す言葉で、亀ではなく牛の寝姿ということで、「ウーシモウモウ」とも呼ばれてきました。
亀の背中部分には、小さな拝所(うがんじゅ)、亀瀬御嶽も配されています。

下港川集落の南西、空寿崎の先端に突き出た珊瑚礁の岩や遠浅の岩礁地帯の名前で、南北3km、東西1.5kmのサンゴ礁のイノー(礁池)が広がっています。
浦添市では、「浦添市里浜の保全及び促進に関する条例」を制定し、アーサー(沖縄の岩場に生えるアオサ)は1人1日1回、にぎりこぶし大まで持ち帰り可能などと取り決めています。

浦添市の原風景「浦添八景」のひとつ

平成26年10月、昔ながらの風景や市民の生活との関わりが説明できるものという観点から、未来に残したい浦添市の原風景を募集して選定されたのが浦添八景です。
・浦添グスク
・浦添ようどれ
・為朝岩(ワカリジー)
・当山の石畳=宿道「普天間参詣道」
・伊祖グスク
・亀瀬(カーミージー)
・杜の美術館=浦添市美術館
・安波茶橋=宿道「中頭方西海道」

名称 カーミージー(亀瀬)/かーみーじー
所在地 沖縄県浦添市港川
ドライブで 那覇空港から約10km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
当山の石畳道

普天間街道 当山の石畳道

琉球王国の王城である首里城から浦添間切番所(間切=琉球王国の行政区分)を通って宜野湾間切番所に通じる古道が普天間街道。当山公民館から浦添城跡へと続く部分に現存するのが当山の石畳道(とうやまのいしだたみみち)です。当初、街道沿いには松が植えら

浦添ようどれ

浦添ようどれ

浦添城(沖縄県浦添市)の北側の崖の中腹にある初期琉球王国中山王陵(ちゅうざんおうりょう=中山王の陵墓)で国の史跡になっているのが浦添ようどれ。「ようどれ」とは夕凪(ゆうなぎ)を指す琉球語で、極楽という意味も有しているのです。浦添ようどれには

浦添城

浦添城

沖縄本島の南部と中部のちょうど境目、浦添市の琉球石灰岩の丘陵地に位置し、東シナ海を一望にするグスク(城)が浦添城(うらそえじょう)。初期琉球王国の重要な城郭で国の史跡になり、現在も発掘調査が進められており、城壁の一部が復元されています。隆起

安波茶橋と石畳道

中頭方西海道 安波茶橋と石畳道

1597年、尚寧王(しょうねいおう)の命で浦添城から首里平良までの中頭方西海道(なかがみほうせいかいどう)を整備したときに造られた石造橋の安波茶橋(あはちゃばし)と石畳の道で国の史跡(この大改修で首里城から浦添城への道は、すべて石畳道となり

伊祖城

伊祖城

沖縄県浦添市を走る県道153号沿いにある城(グスク)跡が伊祖城(いそぐすく)。沖縄最古の貿易港である牧港を見下ろす琉球石灰岩の丘陵上に、13世紀頃に築城された城が伊祖城。英祖王(えいそおう=1260年~1299年/古琉球三山の按司豪族の祖)

 

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