人間魚雷「回天」大神訓練基地跡・回天神社(住吉神社)

人間魚雷「回天」大神訓練基地跡・回天神社(住吉神社)

大分県日出町(ひじまち)にある人間魚雷「回天」大神訓練基地跡に建つのが回天神社(住吉神社)。太平洋戦争の末期に考案された人間魚雷「回天」。人が一人しか入れない魚雷艇で、敵艦に船もろとも突撃して玉砕するという、いわゆる海軍版特攻隊。その特攻訓練基地があったのが、日出町の大神深江地区の深く切れ込んだ入江です。

人間魚雷「回天」の特攻訓練基地跡

昭和20年に建設された大神訓練基地跡地の丘陵には、水雷壕、燃料格納壕、回天格納壕、実用頭部格納庫の横穴、飛行科指揮所、回天の水漏れ等の検査をした調整場プールや変電所跡など、多くの関連施設跡が点在し、往時を偲ばせる貴重な戦争遺跡として保存されています。

終戦後の昭和21年には、元隊員の申し出により、当初基地内にあった回天神社を住吉神社の境内に移し、回天の3分の1の模型や海中から引き上げられた九三式魚雷後部なども奉納されています。
例年4月25日には例祭が行なわれ、その慰霊が行なわれています。

大神訓練基地で訓練を終えた隊員8名と要員が宿毛湾・麦が浦の基地隊に配置されましたが、出撃の機会のないまま敗戦に。
しかし終戦10日後の昭和20年8月25日、松尾秀輔少尉が基地内で自決したほか、空襲による犠牲者が出ています。
基地があったのは住吉ふれあい公園の東側一帯。
水雷壕、回天格納壕、実用頭部格納庫は住吉神社の鎮守の森内にあり、神社の北側に基地の裏門がありました。
表門は神社の東500mの地で広大な基地だったことがわかります。

人間魚雷「回天」とは!?

人間魚雷「回天」
潜水艦の甲板に積載された人間魚雷「回天」

人間魚雷「回天」は、超大型魚雷「九三式三型魚雷」を改造し、特攻兵器としたもの。
全長14.7m、直径1m、排水量8tの潜航艇で、魚雷本体に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に1人乗りのスペースを設けたもの。
脱出装置がないため、出撃すれば生還はできない非人道的な兵器でした。

「回天」の訓練基地としては、現・山口県周南市(旧・徳山市)の大津島、光市の光基地、平生町(ひらおちょう)の平生基地と合計4ヶ所あり、戦争末期には日本沿岸の岩場などに配備されました。
終戦までに訓練を受けた回天搭乗員は、1375人。
実際に出撃戦死者87名(うち敵艦に向けて発進して戦死49名)、訓練中の死亡15名、終戦により自決2名。

名称 人間魚雷「回天」大神訓練基地跡・回天神社(住吉神社)/にんげんぎょらい「かいてん」だいじんくんれんきちあと・かいてんじんじゃすみよしじんじゃ
所在地 大分県速見郡日出町大神5673-55
関連HP ひじ町ツーリズム協会公式ホームページ
ドライブで 大分空港道路日出ICから約7.5km
駐車場 回天記念公園駐車場(6台/無料)
問い合わせ ひじ町ツーリズム協会 TEL:0977-72-4255/FAX:0977-72-9044
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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