近江神宮『漏刻祭』|大津市

近江神宮『漏刻祭』

毎年6月10日の「時の記念日」に滋賀県大津市の近江神宮で斎行されるのが『漏刻祭』(ろうこくさい)。近江神宮の祭神・天智天皇は、天智天皇10年4月25日(671年6月10日)、近江大津宮で日本で初めて漏刻(水時計)を用いて時を計り、鐘鼓を打って時報を開始。この歴史的な偉業を讃えて行なわれる神事です。

毎年6月10日に『漏刻祭』を斎行

現在は、王朝装束をまとった時計関係者約200人が、袿袴姿のびわ湖大津観光親善使節4人を従えて各メーカーの時計新製品を献納します。
祭典には女人舞楽・原笙会による舞楽が奉納されます。

境内には漏刻をはじめ日時計などが設けられ、時計博物館には各種の和時計をはじめとして古今の時計が展示されています。
6月10日は時計館宝物館が無料公開、また古代火時計は線香に点火し実演されています。

時の記念日の由来とは!?

時の記念日のルーツとなったのが、近江大津宮で天智天皇が行なったとされる漏刻を使った時間の測定(12辰刻・48刻制による定時法による時刻制度を創始)。
平安時代、内裏では、漏刻を見た役人が、弦を打ち鳴らして時を告げていました。

日本の時刻制度は、明治以前、太陽の南中時刻を基準とした定時法(平安時代の漏刻による測定は、この定時法だと推測されています)と、日の出・日の入りを基準とした不定時法(地域によって時刻に差が出てしまう大きな欠点がありました)が混在する、複雑なもので、明治6年1 月 1 日をもって、ようやく不定時法から定時法に切り替えられています(同時に太陰暦から太陽暦への変更を実施)。
日本の標準時が法律で定められたのは明治19年のことです。

置漏尅於新臺。始打候時動鐘鼓。始用漏尅。此漏尅者天皇爲皇太子時始親所製造也
(『日本書紀』天智天皇十年四月辛卯条(天智天皇10年4月25日)

『日本書紀』に記された、天智天皇が漏刻(水時計)を使い、日本で初めて時を告げたことが、西暦の6月10日であることから、時の記念日となっているのです。
ちなみに漏刻は、太宰府、多賀城、各国府にも置かれていたことがわかっています。

近江神宮『漏刻祭』|大津市
所在地 滋賀県大津市神宮町1-1
場所 近江神宮
関連HP 近江神宮公式ホームページ
電車・バスで JR西大津駅から徒歩20分。または京阪石山坂本線近江神宮前駅から徒歩7分
ドライブで 名神高速道路大津ICから約6.5km
問い合わせ TEL:077-522-3725/FAX:077-522-3860
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

近江神宮

大化の改新を行ない、近江大津京(現在の大津市錦織一帯にあった)を造営した天智天皇(てんじてんのう=中大兄皇子/なかのおおえのおうじ )を祀る神社で、皇紀2600年を記念して、昭和15年、大津京ゆかりの地に創建されたのが近江神宮。朱塗りの楼門

近江神宮・流鏑馬神事

近江神宮『流鏑馬神事』|大津市

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近江大津宮(錦織遺跡)

近江大津宮(錦織遺跡)

天智6年(667年)、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が飛鳥の地から近江国滋賀郡(現在の滋賀県大津市)に遷都した都が近江大津宮(おうみおおつのみや)。長らく、その場所は不明でしたが、昭和49年の発掘調査により大津市錦織の住宅地(錦織遺跡)

 

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