飯道神社
滋賀県甲賀市信楽町(しがらきちょう)にそびえる飯道山(標高664.2m)の山上にある奈良時代創建の古社、飯道神社(はんどうじんじゃ)。古来から山岳信仰の対象となった山で、近世までは、飯道権現が祀られていました。山頂からは…
滋賀県甲賀市信楽町(しがらきちょう)にそびえる飯道山(標高664.2m)の山上にある奈良時代創建の古社、飯道神社(はんどうじんじゃ)。古来から山岳信仰の対象となった山で、近世までは、飯道権現が祀られていました。山頂からは…
滋賀県甲賀市甲南町にある古社が新宮神社(しんぐうじんじゃ)。伊弉冉命(いざなみのみこと/熊野熊野大社)を主祭神とする一之宮、速玉之男命(はやたまのをみこと/常陸鹿島大社)を祀る二之宮、天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこ…
滋賀県甲賀市信楽町、玉桂寺(ぎょくけいじ)の門前を流れる大戸川(だいどがわ)に架かる全長102m、幅員1mの人道吊橋が保良の宮橋。信楽高原鐵道、大戸川、車道をまたぐ人道橋で、信楽高原鐵道・玉桂寺前駅から寺への参道となって…
滋賀県甲賀市水口町にある天台宗の寺が大岡寺(だいこうじ)。白鳳14年(686年)、行基が諸国行脚を行なった際に、大岡山の頂に千手観音立像を安置したのが始まりと伝えられる古刹です。本尊の千手観音立像は、岡観音と呼ばれ、厄除…
滋賀県甲賀市(水口町・信楽町)と湖南市の境に聳える標高664.0mの霊山、飯道山(はんどうさん)。甲賀忍者の修練場にもなったという修験の地で、神仏習合時代の名残をとどめ「近江の大峰山」とも呼ばれています。山上には飯道神社…
滋賀県甲賀市水口町にある臨済宗妙心寺派の寺、大池寺(だいちじ)。寺伝によれば、天平年間(729~784年)に全国行脚の行基が日照りに悩む農民のため、灌漑用の4つの大きなため池「心字の池」を造り、そのほぼ中央に本堂を建てた…
滋賀県甲賀市水口町、水ロ藩2万5000石の居城だった水口城(みなくちじょう)の本丸跡に建つのが水口城資料館。かつての本丸・乾矢倉(いぬいやぐら)を復元した水口城資料館では、将軍上洛の際に宿館となった水口城の模型や、水口藩…
滋賀県甲賀市甲賀町油日、鈴鹿山脈の南端、油日岳(あぶらひだけ/699m)を御神体とする神社で甲賀郡の総社。聖徳太子の創建と伝えられ、祭神の油日大神(あぶらひのおおかみ=油の火の神)は、中世には、勝軍神、油の火の神、商売繁…
滋賀県甲賀市土山町にある道の駅が道の駅あいの土山。東海道を江戸から数えて49番目の宿場が土山宿。宿場近くを走る国道1号沿いの道の駅で、土山茶、焼杉細工、地元産の野菜などを直売する物産館が中心施設。「あいの土山」の名は、「…
滋賀県甲賀市土山町、江戸時代に四国・象頭山金毘羅大権現への金毘羅参りの講中が道中の安全を祈願して建立したもので重さ38t、高さ5m44cmの自然石の常夜燈。東海道の難所のひとつ鈴鹿峠を越える旅人の道中安全を見守ってきた常…
滋賀県甲賀市信楽町、日本六古窯(瀬戸、越前、常滑、信楽、丹波、備前)に数えられる信楽焼の窯元、現役の登り窯、登り窯跡を巡る散策コースが信楽窯元散策路。ろくろ坂散策コース、ひいろ坂散策コース、窯場坂散策コース、外輪の路散策…
滋賀県甲賀市の信楽高原にある美術館、コンベンション施設、研修施設という陶芸をテーマにした複合施設が滋賀県立陶芸の森。信楽の街を一望する小高い丘の上に位置し、40haの敷地に自然の地形を取り入れて「信楽産業展示館」、陶芸館…
滋賀県甲賀市信楽町、明治21年に造られた奥田忠左衛門窯の本窯(本店)と平成3年に誕生した新窯(国道店)を公開したのが信楽陶芸村(しがらきとうげいむら)。本店では、全国的に知られる狸の置物や全長21mの巨大な登り窯の見学が…
滋賀県甲賀市信楽町神山(こうやま) を流れる神有川に懸かる鶏鳴八滝(けいめいはちたき)のうち、最大の滝が落差13mの鶏鳴の滝。瀑布群の東にそびえる信楽の最高峰、笹ヶ岳(738.5m)の残上にある廃寺の閼伽池(あ…
滋賀県甲賀市信楽町にある信楽焼の窯跡で、滋賀県の史跡、経済産業省の近代化産業遺産に認定されるのが丸又窯(まるまたかま)。連房式で11室ある登り窯で、昭和8年〜昭和38年の間に、火鉢などを焼成していたもの。信楽窯元散策路を…
滋賀県甲賀市信楽町長野にある日本六古窯のひとつに数えられる信楽焼の展示施設が甲賀市信楽伝統産業会館。鎌倉時代(鎌倉時代後期、常滑焼の技術が伝わり焼物作りが創始)以降の信楽焼から、近世に至る作品を紹介する展示館で、昭和時代…
滋賀県甲賀市信楽町にある信楽高原鐵道信楽線(貴生川駅〜信楽駅)の終着駅が信楽駅(しがらきえき)。昭和8年5月8日、国鉄信楽線の開通とともに開業した駅で、昭和62年7月13日に信楽高原鐵道に移管。信楽線唯一の有人駅で、近畿…
聖武天皇が遷都した紫香楽宮(甲賀宮)の南1kmの地にある古代寺院の跡。当初ここが紫香楽宮跡と推測され、国の史跡「紫香楽宮跡」となりましたが、近年の発掘調査で宮町遺跡が内裏跡だと判明し、内裏野地区は、聖武天皇が盧舎那仏建立…