かつては日本各地の河川や、湾内にあった渡し船。今でも何ヶ所かは公営渡船として残されていますが、橋の架橋などで年々その数を減らしているのが現状。そんななかで、日本最高所の渡し船となっているのが、富山県立山町、北アルプス・黒部湖の平の渡しです。満水時の湖面標高は1448mという高所です。
ダム湖誕生以前には吊り橋で峡谷を渡った

黒四ダムの完成、黒部湖の誕生で、昭和38年、針ノ木峠と黒部川(平乃小屋)、五色ヶ原を結ぶ歴史ある登山道が水没。
登山道の断絶を解消するため、関西電力が「平乃小屋」に委託して運航する渡船が平の渡しです。
戦国時代には佐々成政(さっさなりまさ)が冬の北アルプスを越え、浜松城の徳川家康に支援を求めたという「さらさら越え」の逸話は、富山から立山温泉(立山カルデラ)を経てザラ峠から現在の平の渡しの地に降り、黒部川を渡って、針ノ木峠を越えたのだと推測できます。
黒部湖誕生までは、ここに吊り橋があり、河原には温泉が湧いていましたが、今では昔話になっています。
「平乃小屋」の主人が渡船の操船を担っていますが、もともと佐伯家は黒部峡谷に精通するイワナ漁師の家系。
黒部伝説の猟師・遠山品右衛門(とおやましなえもん)は明治8年、ここに小屋を建て、それを拠点に漁師生活を送りましたが、明治10年、針ノ木峠〜ザラ峠〜 立山温泉を結ぶ立山新道(有料の登山道)の開通で、旅人の宿泊を受け入れるようになったのです。
アーネスト・サトウ、ウォルター・ウェストンなどもこのルートを通っています。
大正4年、富山県営の小屋となり、昭和23年、経営難に陥っていた山小屋を芦峅寺の佐伯覚英が買い取って再建したのです。
現在の「平乃小屋」は旧小屋がダム湖に沈んだため、100mほど高台のブナ林を切り開いて再建したもの。
平の渡しと、「平乃小屋」には北アルプス・黒部峡谷の歴史が詰まっているのです。

黒部川第四発電所の建設に伴って、黒部ダム湛水により水没する針ノ木谷~ヌクイ谷間の吊橋。
その代替交通手段として、一般登山客が利用する無料渡船を設けることが国(当時の厚生省、現在は環境省)の建設許可条件だったことで、平の渡しが無料で運航されることになったのです。
関西電力が、「人の運送をする内航不定期航路事業」を国土交通省へ届け出ています。
| 日本最高所の渡し船は、北アルプス・黒部湖に! | |
| 名称 | 平の渡し/たいらのわたし |
| 所在地 | 富山県富山市有峰字黒部谷割6-1(平乃小屋船着場) |
| 問い合わせ | 平乃小屋 TEL:090-2039-8051(6月中旬〜10月下旬) |
| 掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 | |













