芝公園

芝公園

東京都港区、増上寺周辺に広がる公園が芝公園。正式には都立芝公園、港区立芝公園の総称です。元々は増上寺境内の敷地を公園としたもので、明治初年の神仏分離、廃仏毀釈で、塔頭などの廃寺となった境内地を明治6年10月19日に公園としたもの。戦後の政教分離により、増上寺境内の部分が除かれ、環状の公園となっています。

明治6年に開園した日本最古の公園のひとつ

明治6年1月15日に「太政官布達第十六号」(「古来から名所旧跡といわれるところは公園として申し出よ」)で東京府が公園として申請した5ヶ所、上野(寛永寺境内地)、浅草(浅草寺境内地)、深川(富岡八幡宮境内地)、飛鳥山、芝(増上寺境内地)のひとつで、明治6年10月19日に認可された、日本で最初に誕生した公園のひとつ。
旧社寺の境内地が公園となったのは、実は境内地が無税扱いで、公有地化していたことが要因です(大蔵省租税寮が境内地を公園化することは収税の立場から問題なしとしたことが要因)。

明治35年に運動器具が備えられ、東京の公園における運動施設の始まりにもなっています。

都立芝公園の園内には野球場2面、テニスコート(人工芝)3面という球技施設のほか、昭和59年に復活した人工の渓谷「もみじ谷」、全長110mという都内最大級の前方後円墳「芝丸山古墳」、丸山貝塚などもあり、散策にも絶好です。
また、芝東照宮の脇にある港区芝公園には芝生広場、花壇、環境学習施設などが整備されています。

園内には桜、梅、クスノキ、イチョウ、マテバシイ、ケヤキ、モミジ、シイノキ、エノキ、クロマツなどの大木も茂っています。

旧台徳院霊廟惣門は、かつてこの地にあった徳川2代将軍・徳川秀忠の台徳院霊廟(たいとくいんれいびょう)の門。
戦災で焼失して今では門を残すのみで、「ザ・プリンスパークタワー東京」の敷地となっています。

芝公園の南、「ホテル ザ セレスティン東京芝」、日本電機本社ビル(NECスーパータワー)一帯は、薩摩藩の広大な上屋敷が広がっていた地。
文化3年3月4日(1806年4月22日)の文化の大火、慶応3年(1867年)、戊辰戦争の発端となった「薩摩藩邸焼き討ち事件」で焼け野原となり、跡地は「薩摩ッ原」と呼ばれた場所です。
明治時代には「三田勧業局育種場」でしたが、今では面影もありません。

芝公園
名称芝公園/しばこうえん
所在地東京都港区芝公園1・2・3・4丁目
関連HP東京都公園協会公式ホームページ
電車・バスで都営地下鉄芝公園駅、大門駅、赤羽橋駅、御成門駅から徒歩5分。JR浜松町駅から徒歩10分
ドライブで首都高速芝公園ランプからすぐ
駐車場なし/周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ芝公園サービスセンター TEL:03-3431-4359
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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