南極観測船「宗谷」

南極観測船「宗谷」

東京都品川区、東京臨海副都心(お台場)にある船の科学館(本館は展示を休止)に附属する展示施設が、南極観測船「宗谷」。昭和31年11月8日から日本初の「南極観測船」として6次の南極観測を支え、第一次南極観測隊ではタロとジロの物語を生んだのがこの「宗谷」による初期の南極観測です。

艦内見学で、南極までの船旅の労苦を知る

南極観測船らしいのは、最上部の端艇甲板(Boat Deck)に備えられた広々としたヘリコプター発着甲鈑。
大型のシコルスキーS-58型ヘリコプターが離発着できる、広いヘリコプター甲板があり、実際に乗船してみると航空母艦を思わせるような雰囲気に。
南極観測船として船出をした昭和31年11月8日当時、日本の艦船で、ヘリコプターを搭載できる船はなく、戦後日本の艦船としては最初の本格的なヘリコプターなどの回転翼機搭載を実現した船でもあるのです。
端艇甲板には、船長室、海図室、操舵室などがあります。

続く、最上甲板には、士官の生活の場である士官居住区、機関長寝室、通信室、士官食堂(士官用の食堂兼サロン)があり、
最上甲板の航空科工作室兼倉庫は展示室となっています。

上甲板は一般船員(科員)の生活の場である科員居住区、准士官室、治療室(虫垂炎程度の外科手術はここで行なわれました)、科員食堂(観測隊員食堂)、調理室、そして士官居住区があり、第9士官寝室は観測隊長室となっていました。

第1次南極観測時の際には観測隊員が53名、乗組員が77名でしたが、士官と一般船員(科員)に分かれて暮らしていたことがわかります。
科員用の居室は、2段ベッドが2つ置かれた4人部屋、准士官寝室は2段ベッドが置かれた2人部屋、士官室は広めのシングルルームで、階級による格差を実感できます。

また、「宗谷」は、横揺れ(ローリング)が激しく、横ベット(船の進行方向に対し横向きに配置)では、夜も眠れないほど揺れたのだとか。

ソ連の砕氷型貨物船として建造された「宗谷」の数奇な運命

南極観測船「宗谷」

昭和10年3月、ソ連は満州国と北満鉄道讓渡協定を結んで北満鉄路全線の利権を満洲国に売却していますが、その締結の一環として、昭和11年、ソビエト連邦通商代表部は日本(川南工業株式会社香焼島造船所)に砕氷型貨物船3隻を発注します。

昭和13年2月16日、ソ連の耐氷型貨物船「ボロチャエベツ」(Волочаевец)として建造された船が、南極観測船「宗谷」の前身です。
第二次世界大戦直前という対ソ連情勢の悪化で、ソ連への引渡はなされず、商船「地領丸」として竣工し、民間会社の貨物船として運航が始まりました。
昭和14年に海軍による買い上げが決まり、昭和15年2月20日、初めて「宗谷」と命名。
特務艦に編入、雑用運送艦(砕氷型)に類別され、石川島造船所で、8cm単装高角砲1門、25mm連装機銃などを装備しています(ソビエト連邦通商代表部は東京民事裁判所に、3隻分の前払い建造費の返還と違約金の支払いを提訴)。

戦時下では、横須賀からラバウルへ向けて航海などをしており、空襲を受け、あわや被弾(魚雷を被弾するも不発弾だった)という危機にも遭いましたが、昭和20年8月15日、室蘭港で防空訓練中に、終戦を迎えています。

戦後は大蔵省に移管され、「宗谷丸」となってヤップ島、台湾復員などの引揚船として活躍。
昭和23年11月に引揚船としての役割を終えてからは、商船風に外装して真岡〜函館間に就航。

昭和25年4月1日からは海上保安庁の灯台補給船として全国の灯台を回り、昭和32年7月1日〜昭和33年12月31日の国際地球観測年(International Geophysical Year,IGY)にあわせての南極観測で、第二次大戦を強運で生き抜いたことなどから「宗谷」が南極観測に最適とされ、灯台補給船から大型巡視船へと変更されて、南極観測船としての船出となったのです。
昭和31年3月12日、日本鋼管浅野船渠で南極観測船としての改造がスタート、10月17日に竣工。

初代南極観測船として、昭和31年11月8日、東京・晴海埠頭から南極に向けて出航しています(第1次南極地域観測隊・永田武隊長)。

昭和53年10月2日、竹芝桟橋で解役式を行ない退役。
昭和54年5月1日、南極観測船「宗谷」として船の科学館で公開開始。
保存船としての宗谷は、海上保安庁特殊救難隊の特殊訓練所としても使われています。

南極観測船「宗谷」(PL107)データ

総トン数:2736 t(第6次南極観測隊時点)
排水トン :(満載4.614t(第6次南極観測隊時点)
全長:83.7m
全幅:12.8m( バルジ無し)
速度:12.3ノット
機関:ディーゼル機関2基、2軸
出力:4800馬力
砕氷能力:1.2 m(第1次は1.0m)

南極観測船「宗谷」
名称 南極観測船「宗谷」/なんきょくかんそくせん「そうや」
所在地 東京都品川区東八潮3-1
関連HP 船の科学館公式ホームページ
電車・バスで ゆりかもめ東京国際クルーズターミナル駅から徒歩5分。東京臨海高速鉄道東京テレポート駅から徒歩15分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 船の科学館 TEL:03-5500-1111/FAX:03-5500-1190
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

南極観測船ふじ

「ふじ」は、昭和40年の進水から18年間、南極の極地観測に使用されていた全長100mの観測船(砕氷船)。厚さ80cmまでの氷を連続で砕氷することが可能でした。昭和60年に現役を引退し、名古屋港のガーデン埠頭に永久係留され一般公開されています

南極観測樺太犬記念碑

南極観測樺太犬記念碑・樺太犬供養塔

昭和32年、日本が初めて南極観測に参加するにあたって、現地での物資輸送を目的に犬ぞり隊を編成することになり、派遣されたのが22頭の樺太犬。稚内周辺から集められた樺太犬40頭は、昭和31年3月20日から稚内公園頂上訓練所で8ヶ月間、厳しい訓練

 

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