目黒川水門

目黒川水門

東京都品川区東品川2丁目、天王洲運河の天王洲アイル・東品川海上公園横に位置する水門が、目黒川水門。目黒川との合流点近くに位置するのがその名の由来で、「運河ルネッサンス」の一環として水門扉に江戸時代に天王洲に追い込んで捕獲した『しながわ鯨』が描かれています。

「寛政の鯨」を描いたクジラの絵が水門に描かれる

目黒川水門(単葉ローラーゲート式)は昭和47年竣工で、品川浦・天王洲地区運河ルネッサンス協議会により、扉部分の壁面(12.6m×8.1mが2面)にクジラが描かれています。
協議会が図柄を公募し、応募作品の中から『しながわ鯨』、『海の友だち』が選ばれたもので、平成20年の塗装。

目黒川水門は、普段は開いていて、高潮、津波などの異常潮位の際に閉じることで、上流部の洪水被害を防いでいます。
品川区の海岸部の運河沿いには、内部護岸(海抜4.0m以上)と古川水門、日の出水門、高浜水門、天王洲水門、目黒川水門という5基の水門が設置され、台風襲来時 nお高潮などに備えています。

水門にクジラが描かれ、隣接する東品川海上公園にクジラの滑り台が設置されているのは、寛政10年5月1日(1798年6月14日)に、暴風雨で1頭のくじらが品川沖に現れ、近在の漁師たちはこのクジラを天王洲に追い込んで捕獲したという故事にちなんで。

記録によれば、捕獲されたクジラの体長は16m強、体高2mほどで、セミクジラと推測されています。
これが「寛政の鯨」と呼ばれる江戸の珍事で、大きな鯨だったので、評判になって見物人が押しかけ、噂は将軍にまで届きます。
クジラは縄を掛けて舟で浜御殿(現在の浜離宮恩賜公園)まで運ばれ、将軍・徳川家斉も目にした上覧クジラになっているのです。

その当時描かれた『品川沖鯨の図』は、「品川歴史館」に常設展示されています。

目黒川水門
東品川海上公園から眺めた目黒川水門
目黒川水門
名称 目黒川水門/めぐろがわすいもん
所在地 東京都品川区東品川1-39〜2-6
電車・バスで 東京モノレール天王洲アイル駅から徒歩6分。東京臨海高速鉄道りんかい線天王洲アイル駅から徒歩8分。京急線新馬場駅から徒歩10分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
東品川海上公園

東品川海上公園

東京都品川区東品川2丁目、東品川3丁目、天王洲アイルとその南に位置する品川区立の公園が、東品川海上公園。目黒川の河口、天王洲運河との合流点に位置し、目黒川に架かるアイル橋をはさんで、北側と南側に分かれています。北側エリアには、クジラをイメー

利田神社・鯨塚

利田神社・鯨塚

東京都品川区東品川1丁目、利田神社(かがたじんじゃ)の境内の一角に築かれているのが、鯨塚。江戸湾に現れ、天王洲へと追い込んで捕獲、東京では唯一のクジラを埋葬した塚。江戸を驚かせた三大動物の一つ「寛政の鯨」の骨を埋めた上に立てられた供養塔です

 

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