観音寺(四国八十八ヶ所霊場第16番札所)

観音寺(四国八十八ヶ所霊場第16番札所)

徳島市国府町にある観音寺は、四国八十八ヶ所霊場第16番札所で15番の国分寺から徒歩25分。聖武天皇の勅願道場として、天平13年(741年)に行基が創建したという真言宗御室派の寺。弘仁7年(816年)、空海が巡錫し、本尊の千手観音と脇士に悪霊退散のために不動明王、国家鎮護の毘沙門天を刻み安置しています。

本尊の千手観音は空海(弘法大師)の作と伝わる

観音寺(四国八十八ヶ所霊場第16番札所)
観音寺(四国八十八ヶ所霊場第16番札所)

天正年間(1573〜1592年)、土佐を拠点として四国統一を目指した長宗我部元親軍阿波侵攻の兵火により荒廃しましたが、藩政時代になって徳島藩主の帰依を受け、万治2年(1659年)に、3代藩主・蜂須賀光隆(はちすかみつたか)が本堂などの諸堂を再建しています。

四国八十八ヶ所霊場第15番札所の国分寺は、聖武天皇が発した国分寺建立の詔により建立された阿波国国分寺の後継寺院。
阿波国の国府の中心の建物(政庁、官衙)は未発見ですが四国八十八ヶ所霊場第16番札所・観音寺周辺が国府があった地と推測されています。
実は徳島市の国府町には14番・常楽寺、15番・国分寺、16番・観音寺、17番・井戸寺と四国八十八ヶ所霊場が4ヶ所あり、16番・観音寺、17番・井戸寺の間に位置するJR徳島線の駅も府中と、一帯が阿波国の中心だったことがよくわかります。

平安時代の末期、平将門(たいらのまさかど)が権力を握った時代には、阿波国府を足場にした阿波民部大夫成良(あわみんぶだゆうしげよし)が勢力を誇っていましたが、源義経の阿波上陸(18番札所・恩山寺の山裾に上陸)をきっかけに平家は滅亡しています。

境内にある夜泣き地蔵は、子供の夜泣きを止めてくれる地蔵尊として信仰されてきました。

霊場間の距離・時間

15番札所・國分寺(徳島県徳島市国府町矢野718-1) — (2km/10分) — 16番札所・観音寺(徳島県徳島市国府町観音寺49) — (4km/20分) — 17番札所・井戸寺(徳島県徳島市国府町井戸北屋敷80-1)

観音寺(四国八十八ヶ所霊場第16番札所)
名称 観音寺/かんのんじ
所在地 徳島県徳島市国府町観音寺49-2
関連HP 四国八十八ヶ所霊場会公式ホームページ
電車・バスで JR府中駅から徒歩20分
ドライブで 徳島自動車道藍住ICから約9km
駐車場 4台/無料
問い合わせ 観音寺 TEL:088-642-2375
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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