「西の京・山口」と呼ばれる山口県山口市。大内氏全盛期の大内文化を伝える瑠璃光寺を中心に一帯を公園化した場所が香山公園。春の梅、桜で有名。香山墓所は、毛利敬親(もうりたかちか)が居城を萩から山口に移し、明治4年に敬親が山口で没して以降、毛利家の墓所として使用されています。大内文化を今に伝える五重塔は国宝。
国宝の五重塔、そして毛利家の墓所、倒幕の密議の枕流亭も
室町時代、大内氏25代・大内義弘(おおうちよしひろ)が創建した香積寺が前身。
大内義弘は、応永6年(1399年)、応永の乱で足利義満に敗れて戦死。
弟の26代・大内盛見(おおうちもりはる)が兄・義弘の菩提を弔うため五重塔の建設を始めますが、九州の少貳氏との戦いで永享3年(1431年)に戦死。
現在、法隆寺(奈良県斑鳩町)、醍醐寺(京都市)と並んで「日本三名塔」と呼ばれる美しい塔は、嘉吉2年(1442年)頃の完成。
長州藩の藩祖となった毛利輝元(もうりてるもと)は、関ヶ原の合戦の後、萩入りし、慶長9年(1604年)、香積寺を萩に移しています。
跡地に仁保から瑠璃光寺を移したのが、現在の瑠璃光寺です。
国宝の五重塔が香積寺の遺構で、大内文化を今に伝えています。
毛利家墓所の参道、石段下にある「うぐいす張りの石畳」は、手や足でたたくと反響し、美しい音が返ってくるという名所。
場所によって響き方が微妙に異なるのでぜひ自分の足でお試しを。
つなみに音のメカニズムは、石段の一段一段で反射する音の戻り方が微妙に異なるということにあります。
つまり、各石段で反射した音波が合成されて連続的な不思議な音波が誕生するというのが仕組み。
公園内にある枕流亭(ちんりゅうてい)は、一の坂川の河畔の安部家本陣の離れを移築したもの。
慶応3年(1867年)9月、薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀(こまつたてわき)、長州藩の木戸孝允(きどたかよし)、伊藤博文(いとう ひろぶみ)らによる倒幕の密議が交わされた場所です。
瑠璃光寺(香山公園) | |
名称 | 瑠璃光寺(香山公園)/るりこうじ(こうざんこうえん) |
所在地 | 山口県山口市香山町7-1 |
関連HP | 山口市観光情報サイト |
電車・バスで | JR山口駅からJRバス・防長交通バス県庁前方面行きで8分、県庁前下車、徒歩12分 |
ドライブで | 中国自動車道山口ICから約8km |
駐車場 | 香山公園駐車場(100台/無料) |
問い合わせ | 香山公園前観光案内所 TEL:083-934-6630 |
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
最新情報をお届けします
Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!
Follow @tabi_mag