金櫻神社

金櫻神社

山梨県甲府市御岳町、昇仙峡のさらに奥に鎮座する神社が金櫻神社(かなざくらじんじゃ)。山岳信仰の霊山として崇敬された金峰山が御神体で、頂上に蔵王権現が祀られ(本宮)、その里宮が現在の金櫻神社。社伝によれば、創建は第10代崇神天皇の御代という神代まで遡る古社です。

金峰山の山岳信仰(甲州御嶽)を今に伝える古社

金櫻神社

江戸時代初期には甲府城主の祈願所にもなり、明治初年の神仏分離までは、神仏習合の蔵王権現(吉野山金峯山寺と同じです)。
修験道の開祖、役小角(えんのおづぬ)が、吉野の金峯山 ( きんぶせん )から蔵王権現を勧請したので、同じ金峰山という名があるのです(吉野山は今も神仏習合が残されて、世界遺産に)。
金峰山の山頂は、かつての山岳信仰の中心で、五丈岩近くから水の信仰に関わる平安時代の土馬(日照りなどの災害を乗せて払い去るという信仰を反映)や水晶玉、古銭、銅盤などが発掘されています(出土品は蔵王権現立像などを含め、山梨県立博物館に収蔵展示)。
御神宝はこの地で発掘され磨き出された水晶「火の玉・水の玉」(茶色透明の「火の玉」3個と、白色透明の「水の玉」2個で、江戸時代に京の玉造り職人が加工したものとされる銘玉=初めて加工された甲州産の水晶とも)。

また、木曾の御嶽(おんたけ/雪の御嶽)、武州御嶽(月の御嶽/現・武蔵御嶽神社、東京都青梅市)とともに、甲州御嶽(花の御嶽)とも称され、日本三御嶽(にほんさんみたけ)にも数えられていました。

往時の壮麗な社殿は昭和30年の大火により焼失していますが、左甚五郎作と伝わる水晶を抱いた「昇り竜・降り竜」は復元されています。
境内奥には富士山を拝むことができる富士の遙拝所も設置。

神社の名の由来でもある御神木「鬱金の櫻」は古くから民謡に唄われている「金の成る木の金櫻」として崇められています(開花は例年4月下旬〜5月上旬)。
江戸時代に編纂された『甲斐国志』には、一の鳥居附近を「櫻大門」と呼び、見事な山桜があったとされていますが、吉野山を倣った(吉野山は山桜が御神木)、あるいは、吉野から移植した山桜だと推測できます。
江戸時代には、御嶽九筋と呼ばれる複数の御嶽道(古道)が整備され、幕末には、歌川広重も御嶽古道を歩いて蔵王権現(金櫻神社)に参詣しています。

甲州の宝石研磨の歴史も、京で水晶玉加工販売をしていた玉屋の番頭・弥助が水晶買い付けの際、水晶を樋(とい)に乗せ、金剛砂(大和国産)を用いて上下に転がして研磨してゆく技法を金櫻神社の神官達に伝授したと伝えられ、御岳昇仙峡がその発祥に。

金峰山五丈岩、金櫻神社の筏散蒔絵鼓胴・武具散蒔絵鼓胴、金櫻神社の御神宝(水晶玉)、金櫻神社摂社・白山社、金櫻神社大々神楽付面と衣装などは、日本遺産「甲州の匠の源流・御嶽昇仙峡~水晶の鼓動が導いた信仰と技、そして先進技術へ~」の構成資産になっています。

金櫻神社
名称 金櫻神社/かなざくらじんじゃ
所在地 山梨県甲府市御岳町2347
関連HP 金櫻神社公式ホームページ
電車・バスで JR甲府駅からタクシーで30分
ドライブで 中央自動車道道双葉スマートIC、韮崎IICから約16km
駐車場 100台/無料
問い合わせ 金櫻神社 TEL:055-287-2011
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
昇仙峡

昇仙峡

秩父山系の主峰、金峰山(きんぷさん=甲州御岳山/標高2595m)を源とする、荒川の中流にある美しい渓谷が昇仙峡(御岳昇仙峡)。下流の天神森・長潭橋(ながとろばし)から上流の仙娥滝までの約5kmは、奇岩怪石が随所に見られる渓谷探勝が楽しめます

 

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