日本100名城 四国9城

四国には往時の天守が現存する「現存12天守」のうち、4城がある、現存天守密集地域。四国というように4国(4県)なのに、日本100名城に選定される城の数は倍以上の9城。とくに愛媛県には多く、5城が選定されています。1県で5城は長野県、兵庫県と並び、トップの数となっています。

徳島県(阿波国)

徳島県で日本100名城に選定されるのは徳島藩の藩庁だった徳島城のみ。
藩政時代に阿波国(徳島県)と淡路国(兵庫県淡路島・沼島)の2国を領有したのが徳島藩で、藩祖は蜂須賀小六(蜂須賀正勝)の子、蜂須賀家政です。
織田信長、豊臣秀吉に仕え、四国攻めの功績で阿波国を領有することになったのです。

徳島城

徳島藩・蜂須賀氏25万石の居城

所在地:徳島県徳島市徳島町城内1
旧国名:阿波国(あわのくに)
築城年:至徳2年(1385年)、室町幕府管領の細川頼之(ほそかわよりゆき)が砦(城)を築いたのが始まり
内容:戦国時代の天正13年(1585年)、豊臣秀吉の四国征伐に功のあった蜂須賀家政(蜂須賀正勝の子)が連郭式の平山城を築城、以降、明治維新まで徳島藩・蜂須賀氏25万石の居城
城跡に日露戦争戦勝記念で明治39年に開園したのが徳島中央公園で、藩政時代の大名庭園「旧徳島城表御殿庭園」が現存
表御殿庭園を囲むように建つ徳島城博物館は、城と城下の歴史を伝えるミュージアム
備考:国の史跡・名勝

徳島城(徳島中央公園)

国の史跡である徳島城の城跡。その城跡に日露戦争戦勝記念で明治39年に開園したのが徳島中央公園です。自然を生かした城山ゾーンを中心に、旧徳島公園ゾーン、スポーツゾーン、休養ゾーン、河岸ゾーンの5つのゾーンがあります。徳島城の本丸跡は、城山原生

徳島城博物館

眉山(びざん)と対峙する、標高61mの城山の徳島城跡にあるのが徳島市立徳島城博物館。徳島城は阿波徳島藩25万石の藩主・蜂須賀家の居城で、表御殿庭園、太鼓櫓石垣などが残り、城門である鷲の門が復元されている。表御殿庭園を囲むように建つ徳島城博物

旧徳島城表御殿庭園

徳島中央公園内の徳島城博物館に隣接する藩政時代の大名庭園が、旧徳島城表御殿庭園。関ヶ原の合戦があった1600(慶長5)年頃に徳島城表御殿に面して造られた観賞式と池泉廻遊式を兼ね具えた名園で国の名勝。枯山水庭(書院の庭)と築山泉水庭(居間の庭

香川県(讃岐国

江戸時代の香川県(讃岐国)には、天領のほか高松藩、丸亀藩、多度津藩の3藩がありました。
丸亀城は高松藩の一部でしたが、幕府から元和元年(1615年)の一国一城令で破却するように命じられますが、樹木で隠して隠蔽。
その後、山崎家治が丸亀藩を立藩しています。
香川県内で日本100名城に選定されるのは高松藩庁の高松城、丸亀藩庁の丸亀城の2城で、丸亀城には天守も現存しています。

高松城

瀬戸内海の海水を堀に引き込んだ城は「日本三大水城」のひとつ

所在地:香川県高松市玉藻町2-1
旧国名:讃岐国(さぬきのくに)
築城年:天正16年(1588年)、豊臣秀吉の重臣・生駒親正(いこまちかまさ)が築城
内容:高松藩(生駒4代、松平11代)の藩庁
北側は瀬戸内海に面し、残り3方向は内堀、中堀、外堀の3重の堀が巡らされて、難攻不落を誇っていました
現存する遺構は、寛永19年(1642年)、水戸藩初代藩主・徳川頼房の子、松平頼重が12万石で入封して後の藩政時代のもの
備考:=国の史跡、日本三大水城、日本の歴史公園100選

玉藻公園(高松城)

玉藻公園は、玉藻城とも呼ばれる高松城の城跡。高松城は1588(天正16)年、豊臣秀吉の重臣・生駒親正(いこまちかまさ)の築城以来、生駒4代、松平11代にわたって歴代高松藩主の居城となった城。現存する遺構は、1642(寛永19)年、水戸藩初代

丸亀城

天守だけでなく石垣の美しさでも知られる城

所在地:香川県丸亀市一番丁
旧国名:讃岐国(さぬきのくに)
築城年:室町時代初期(14世紀頃)に奈良元安が築城
内容:亀山(標高66m)の山頂に本丸を配した平山城
元和元年(1615年)の一国一城令で破却の危機に直面しますが高松藩3代藩主・生駒正俊(いこままさとし)を樹木で城を覆い隠し、秘匿して存続
寛永18年(1641年)、山崎家治が肥後富岡から入封し、丸亀城を藩庁とし丸亀藩が立藩
本丸には万治3年(1660年)築の天守(御三階櫓)も現存し、三層三階の天守、大手一の門、大手二の門が国の重要文化財に指定されています。
備考:=国の史跡、現存12天守、日本の歴史公園100選

丸亀城

丸亀市のシンボルともなっている丸亀城は、亀山(標高66m)の山頂に本丸を配した平山城。1597(慶長2)年、豊臣秀吉の配下として活躍した生駒親正(いこまちかまさ)が讃岐17万石を与えられ入城し、6年の歳月を要して近世の城郭に変えています。本

丸亀城・天守

丸亀市のシンボルともなる丸亀城は、1597(慶長2)年、豊臣秀吉の重臣・生駒親正(いこまちかまさ)が、西讃防備のために、高松城の支城として5年の歳月を掛けて築いた城。三重三層入母屋造の天守閣は、日本に現存する12の木造天守のひとつで、国の重

愛媛県(伊予国)

江戸時代の伊予国(愛媛県)は、「伊予八藩」と呼ばれる西条藩、小松藩、今治藩、松山藩、大洲藩、新谷藩、吉田藩、宇和島藩と天領に分かれていました。
各藩庁のうち、日本100名城に選定されているのは、今治城、松山城、大洲城、宇和島城の4城です。
さらに中世の伊予国を支配した河野氏の居城、湯築城(ゆづきじょう)の5城が選定。
あまり知られていませんが湯築城は道後温泉にある名城です。

今治城

築城の名手・藤堂高虎が築いた水城

所在地:愛媛県今治市通町3-1-3
旧国名:伊予国(いよのくに)
築城年:慶長9年(1604年)、築城・縄張の名人、伊予半国20万3000石の大守・藤堂高虎(とうどうたかとら)が築城
内容:城域は一辺600mの正方形で、中央部に本丸、二の丸、三の丸を配し、櫓数は23。周囲に幅50mの内濠、さらに中濠、外濠を構え、海水を引き入れていました
5層6階の模擬天守は昭和55年の再建で、最上階からはしまなみ海道の来島海峡大橋を一望に
備考:愛媛県の史跡、日本三大水城

今治城

今治城

慶長9年(1604年)、築城・縄張の名人、伊予半国20万3000石の大守・藤堂高虎(とうどうたかとら)により完成したのが今治城(いまばりじょう)。海上の要衝・来島海峡(くるしまかいきょう)に面した今治港の南、三重の濠に海水を引き入れた珍しい

湯築城(ゆづきじょう)

河野氏400年にわたる伊予支配の拠点が道後温泉に

所在地:愛媛県松山市道後公園
旧国名:伊予国(いよのくに)
築城年:建武2年(1335年)頃、伊予国守護・河野通盛の代に築城
内容:天正15年(1587年)、福島正則が城主となりますが、城を国分山城に移して湯築城は廃城に
明治21年に城跡が県立道後公園として整備され、内堀、外堀が現存
備考:国の史跡、日本の歴史公園100選

湯築城

湯築城

道後温泉(愛媛県松山市道後町)の温泉街の南、小高い丘陵で、現在道後公園となっている一帯が中世の名城、湯築城(ゆづきじょう)の城跡。足利尊氏が建武政権に叛旗を翻した建武2年(1335年)頃、伊予国守護・河野通盛の代に築城され、戦国時代まで中世

松山城

松山藩15万石の藩庁だった城には天守など21棟が現存

所在地:愛媛県松山市丸之内1
旧国名:伊予国(いよのくに)
築城年:豊臣秀吉の家臣で賤ヶ岳合戦の「七本槍」の一人、加藤嘉明(かとうよしあきら)が25年の歳月を費やし寛永4年(1627年)に築城(本拠地を正木から勝山に移し、地名を松山と改名)
内容:標高131.4mの勝山に建つ平山城で、天守など21棟が現存し、国の重要文化財に指定
山麓から山腹の長者ヶ平までは松山城山ロープウェイ、松山城山リフトが運行していますが、徒歩での登城ルートを使っても20〜30分ほど
備考:国の史跡、現存12天守、三大平山城、三大連立式平山城、日本の歴史公園100選、日本さくら名所100選

松山城

松山城

愛媛県松山市街の中心、標高131.4mの勝山に建つ松山城は、秀吉の家臣で賤ヶ岳合戦の「七本槍」の一人、加藤嘉明(かとうよしあきら)が25年の歳月を費やし寛永4年(1627年)に築城した平山城。天守など21棟が現存し、国の重要文化財に指定され

松山城・天守

往時の天守が残る全国現存12天守のひとつが松山城・天守で国の重要文化財。松山城は津山城(岡山県津山市)、姫路城と並び「日本三大平山城」に数えられますが、勝山(城山)山頂の本丸に位置するのが天守。創建当初は五重の天守だったと伝わりますが3代藩

大洲城(おおずじょう)

台所櫓、高欄櫓、苧綿櫓、三の丸南隅櫓が現存

所在地:愛媛県大洲市大洲903
旧国名:伊予国(いよのくに)
築城年:元弘元年(1331年)に伊予守護職・宇都宮豊房(うつのみやとよふさ)が城郭を築いたのが始まり
内容:文禄4年(1595年)、築城の名手として名高い藤堂高虎(とうどうたかとら)が入城して近世城郭に改修、さらに慶長14年(1609年)には淡路島の洲本から脇坂安治(わきざかやすはる)が入城し、この2人の治世に天守が築かれています
元和3年(1617年)、大坂の陣の戦功で、伯耆米子から6万石で加藤貞泰(かとうさだやす)が大洲に入り、以降は加藤氏が12代にわたって大洲藩主に
現在の天守は、古絵図や明治時代に撮られた写真など、数多くの資料をもとに、忠実に木造で復元、平成16年9月から一般公開されたもの
備考:愛媛県の史跡

大洲城

大洲城

大洲城(おおずじょう)は、元弘元年(1331年)に伊予守護職・宇都宮豊房(うつのみやとよふさ)が城郭を築いたのが始まり。肱川(ひじかわ)の蛇行を利用し地蔵岳に建てられた平山城で、文禄4年(1595年)に、築城の名手として名高い藤堂高虎(とう

宇和島城

伊達家が藩主を務めた宇和島藩の藩庁は往時の天守が現存

所在地:愛媛県宇和島市丸之内1
旧国名:伊予国(いよのくに)
築城年:近世城郭は、慶長元年(1596年)、藤堂高虎の築城
内容:標高80mの丘陵地にある平山城
城は西と北は海に、南から東の3方は海水を取り入れた潮入の濠で囲まれた変則5角形で、築城の名手として名高い藤堂高虎の縄張りらしい外敵が侵入しにくい構造(現在は濠や海が埋め立てられて面影はありません)
備考:国の史跡、現存12天守

宇和島城

宇和島城

宇和島城は、愛媛県宇和島市街の中心部、標高80mの丘陵地にある平山城。丸串城と呼ばれた中世の砦がありましたが、板島(現在の宇和島)に入城した築城の名手・藤堂高虎(とうどうたかとら)が大改修を行ない、慶長6年(1601年)にほぼ現在の姿が整え

高知県(土佐国)

明治維新の立役者ともなった土佐藩・山内家ですが、その土佐藩の藩庁、高知城が高知県で唯一の日本100名城選定の城。
重の入母屋造りの屋根の上に2重櫓の望楼を載せた四重五階天守は、国の重要文化財に指定。
書院造の本丸御殿は懐徳館(かいとくかん)として、山内家ゆかりの品や土佐の偉人、歴史資料などを展示しています。

高知城

天守、本丸御殿(懐徳館)詰門、多聞櫓、追手門など現存する15棟は、国の重要文化財

所在地:高知県高知市丸ノ内1-2-1
旧国名:土佐国(とさのくに)
築城年:慶長6年(1601年)から10年の歳月を費やし、土佐藩の初代藩主・山内一豊(やまうちかつとよ)が築城した平山城
内容:現存する天守は、享保12年(1727年)に城下の大火の延焼で焼失後、1753(宝暦3)年に再建されたもの
天守、本丸御殿(懐徳館)、納戸蔵、黒鉄門(くろがねもん)、西多聞(にしたもん)、東多聞(ひがしたもん)、詰門、廊下門、追手門、天守東南矢狭間塀、天守西北矢狭間塀、黒鉄門西北矢狭間塀、黒鉄門東南矢狭間塀、追手門西南矢狭間塀、追手門東北矢狭間塀が国の重要文化財
備考:国の史跡、現存12天守

高知城(高知公園)

高知城は、1601(慶長6)年から10年の歳月を費やし、土佐藩の初代藩主・山内一豊(やまうちかつとよ)が築城した平山城。現存する天守は、1727(享保12)年に城下の大火の延焼で焼失後、1753(宝暦3)年に再建されたもの。天守、詰門、多聞

高知城・天守

高知城の本丸にそびえる天守は現存12天守(弘前城、国宝松本城、丸岡城、国宝犬山城、国宝彦根城、国宝姫路城、国宝松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城)のひとつ。望楼型天守の典型で、外観は4重、内部は5階建て。2重の入母屋造りの

高知城・懐徳館(本丸御殿)

高知市内中央に位置する高知城は、国の史跡、そして「日本100名城」にも選定されています。書院造の本丸御殿は懐徳館(かいとくかん)として、山内家ゆかりの品や土佐の偉人、歴史資料などを展示、公開。上段の間、二の間、三の間、四の間、納戸、三畳二室

日本100名城 四国9城
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