廻船問屋瀧田家

廻船問屋瀧田家

愛知県常滑市にある尾州廻船の廻船問屋の邸宅を再生したミュージアムが廻船問屋瀧田家。焼き物の町として知られる常滑は、常滑湊を基地とした尾州廻船の町としても栄えた歴史を有しています。湊近くには多くの廻船問屋がありましたが、その代表格が瀧田家。館内では尾州廻船の歴史を学ぶことができます。

尾州廻船の町としても栄えた常滑の廻船問屋

廻船問屋瀧田家は、開国への圧力が高まりつつあった安政3年(1856年)頃に建てられた瀧田家の居宅を復原、歴史館として再生したもの。
常滑市が整備する「やきもの散歩道」Aコースの途中にあり、休憩がてら見学ができます。

主屋には常滑焼を各地に運んだ800石積みの弁財船の15分の1模型、無尽灯(菜種油を用いた灯火具)などが展示され、尾州廻船の歴史を知ることができます。

瀧田家は18世紀初頭から続く旧家。
5代目瀧田金左衛門の時代に4艘の廻船を所有していましたが、明治5年に開業した知多木綿(ちたもめん)の問屋「瀧田商店」が好調で、明治16年に廻船問屋から撤退しています。

「築地小劇場」で知られる新劇の女優で、「日本映画の女優第一号」(大正7年、『生の輝き』、『深山の乙女』に出演)といわれる花柳はるみ(本名・糟谷いし)は、昭和5年、35歳のときに突如引退し、瀧田家当主で、東京帝国大学在学中の瀧田英二と結婚。
当初は名古屋で暮らしましたが、昭和16年にこの瀧田家に移り住み、昭和37年に生涯を終えるまでこの家で暮らしています。
その長女・瀧田あゆちは、日本航空(JAL)初の女性役員となって活躍。

「瀧田商店」の建物は、「常磐晒(ときわさらし) 木綿の店 瀧田」(常滑市栄町4-3、廻船問屋瀧田家から坂道を下ったところにある)として再生しているのであわせて見学、知多晒、常滑焼などの購入をおすすめ。
知多晒は江戸時代に回船で江戸に運ばれた特産品です。

旧瀧田家住宅(廻船問屋瀧田家)は、やきもの散歩道の文化的景観、登窯(陶榮窯)、窯のある広場・資料館(INAXライブミュージアム)などとともに日本遺産「きっと恋する六古窯-日本生まれ日本育ちのやきもの産地-」の構成資産にもなっています。

廻船問屋瀧田家横の坂道はでんでん坂と呼ばれ、絵になる坂道のひとつです。

安全性と速力で優位に立った尾州廻船

江戸時代には、御三家筆頭の尾張藩に船籍がある200石以上の船を「尾州廻船」と呼びましたが、その大半は大野、常滑、野間、内海(うつみ)、河和(こうわ)、富貴、半田、亀崎など知多半島の湊の廻船問屋の所有するものでした。
菱垣廻船や樽廻船に比べ、安全性と速力で優位に立った尾州廻船は、大坂以西の湊で西国や日本海方面からの荷物を買い付け、江戸・神奈川湊〜大坂間の海上輸送を支配していたのです。
船の積み荷に適する産物がない内海や野間の船は、上方・瀬戸内と江戸の間をつなぐ海上輸送を担い、常滑の湊からは常滑焼、知多晒、岐阜の傘、伊勢茶、尾張の切り干し大根などを大消費地である江戸へと運搬していました。

例えば常滑焼の大甕は、大名などの墓棺、さらに大瓶は都市化の進んだ江戸の便槽に使われて重宝したのです。
江戸の握り寿司文化を支えたのも、尾州半田の中野又左衛門が生んだ粕酢「山吹」とそれを江戸に運んだ尾州廻船なのです。
こうした尾州廻船の繁栄も19世紀末にはピリオドをうち、鉄道輸送に変わっていきました。

尾州廻船の船主住宅としては南知多町の「尾州廻船内海船船主 内田家」(国の重要文化財「旧内田家住宅」)が有名です。

廻船問屋瀧田家
名称 廻船問屋瀧田家/かいせんどんやたきたけ
所在地 愛知県常滑市栄町4-75
関連HP とこなめ観光協会公式ホームページ
電車・バスで 名鉄常滑駅から徒歩10分
ドライブで 南知多道路半田常滑ICから約2km
駐車場 陶磁器会館駐車場(40台/無料)
問い合わせ 廻船問屋瀧田家 TEL:0569-36-2031/FAX:0569-36-2031
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

土管坂

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日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

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