長篠設楽原古戦場・馬防柵再現地

長篠設楽原古戦場・馬防柵再現地

現在の愛知県新城市を舞台にした長篠の合戦の激戦地、長篠設楽原古戦場(ながしのしたらがはらこせんじょう)。武田軍のは精鋭の騎馬隊を誇りましたが、織田・徳川連合軍は、設楽原中央を流れる連吾川の西岸に馬防柵を2kmに渡って築き、武田騎馬隊の侵入を防止。馬防柵再現地で往時の姿を偲ぶことができます。

織田信長は岐阜から柵木と縄を持参!?

深謀遠慮(しんぼうえんりょ)の織田信長は岐阜城を出発する際、足軽雑兵に至るまで柵木と縄を携行させていたのです。
連吾川から10mは沼地だったため、沼の西側に作られた田圃の畦(あぜ)に持参した柵木と縄を使って二重三重に柵を構築。
付近の農家を買い取り、畳は柵の下部に置いて矢を防ぐという用意周到さをみせたのです。
しかも各陣地前には空濠(からぼり)を掘り、土塁を築いて武田軍に備えました。

信長が野田城(現・新城市豊島にあった城、根古屋城とも)を出発し、設楽原で布陣に取りかかるのは天正3年5月18日(1575年6月26日)。
翌19日には馬防柵が完成しているので、いかに手際が良かったかがよくわかります。
さらに武田軍を上回る軍勢で守備する織田・徳川連合軍は、鉄砲3000丁などを用意して対抗。

武田軍は、織田信長の到着を受け、5月19日に軍議を開き、武田四天王の馬場信房(ばばのぶふさ)、内藤昌豊(ないとうまさとよ)、山県昌景(やまがたまさかげ)らの諸将は、総大将である武田勝頼に退却を進言しますが、勝頼はこれを退け、決戦へと向かいます。

連吾川沿いに馬防柵再現地が造られているので「柵の木三重まであれば、城攻の如くにして、大将ども尽鉄炮にあたり」(武田家の軍学書『甲陽軍艦』)という柵をぜひ見学しましょう。

名称 長篠設楽原古戦場・馬防柵再現地/ながしのしたらがはらこせんじょう・ばぼうさくさいげんち
所在地 愛知県新城市竹広
関連HP 新城市公式ホームページ
電車・バスで JR飯田線三河東郷駅から徒歩15分
ドライブで 新東名高速道路新城ICから約2km
駐車場 新城市設楽原歴史資料館駐車場(100台/無料)を利用
問い合わせ 新城市設楽原歴史資料館 TEL:0536-22-0673
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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