半六庭園

半六庭園

愛知県半田市中村町、酒や酢の醸造、江戸・東京での販売で繁栄した半田運河沿いに建つ、 明治22年築、旧中埜半六邸の庭園が半六庭園。江戸時代に海運業・醸造業で財を成した中埜半六家の庭で、半田蔵のまち散策コース途中の休憩スポットとして無料公開されています。

中埜半六家6代目が造園した日本庭園

海運業・醸造業で財を成した中埜半六家(ミツカン酢を創業した中埜又左衛門家とともに中埜半左衛門家の分家)は、半田を代表する豪商のひとり。
尾張藩御用達在郷十人衆に選ばれ、尾張でも抜きん出た名家で、尾張藩主を迎えるための御成間を邸内に設けていました。

6代目の中埜半六は、中埜又左衛門とともに半田運河一帯の整備に取り組み、半田運河沿いに明治22年に建てた建物(旧中埜半六邸)と庭園(半六庭園)が現存しています。

半六庭園は、回遊式の日本庭園で、往時には、半田運河から海水を引き込み、潮の干満に合わせて泉水の水面が上下した潮入庭園だったと推測できます。
旧中埜半六邸の黒塗りの4つの蔵も現存し、庭を取り囲んでいます(旧中埜半六邸は、離れ、茶室、職人小屋を失い、主屋と蔵のみ現存)。
トイレ、東屋も設置されているので、散策途中の休憩ポイントに絶好。

明治23年、陸海軍統合大演習が行なわれた際、統監する明治天皇の行在所、大本営になったのは、北隣の小栗冨治郎邸(現・中埜酒造「國盛・酒の文化館」)で、中埜半六邸には待医の宿所になっています。

なお、名鉄・知多半田駅前にある旧中埜家住宅は、大正時代の初めに建てられた中埜半六家の別荘(洋館)で、国の重要文化財に指定されています。

半六庭園
名称 半六庭園/はんろくていえん
所在地 愛知県半田市中村町1-7
関連HP 半田市公式ホームページ
電車・バスで JR武豊線半田駅から徒歩7分。名鉄河和線知田半田駅から徒歩15分
ドライブで 南知多道路半田ICから約5km
駐車場 蔵のまち東駐車場(247台/無料)
問い合わせ 蔵のまち観光案内所 TEL:0569-32-3264
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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