北原白秋記念館
日本を代表する詩人、北原白秋は明治37年、20歳で上京するまでを現在の福岡県山門郡沖端村(現・福岡県柳川市)で過ごしています。少年時代、母方の叔父や出入り商人から内外の物語や珍しい話を聞き、文学への憧れを募らせていったと…
日本を代表する詩人、北原白秋は明治37年、20歳で上京するまでを現在の福岡県山門郡沖端村(現・福岡県柳川市)で過ごしています。少年時代、母方の叔父や出入り商人から内外の物語や珍しい話を聞き、文学への憧れを募らせていったと…
広島県福山市の鞆の浦は、瀬戸内海交易、そして北前船の寄港ととして繁栄した歴史を有しています。鞆港の雁木に面して建つ白壁土蔵がいろは丸展示館。館内では、海援隊を組織した坂本龍馬が瀬戸内海を航行中に紀州藩の軍艦と衝突、鞆の浦…
広島県福山市鞆町にある江戸時代の豪商で保命酒を醸した旧宅が太田家住宅。幕末に尊王攘夷派の三条実美ら七公卿も滞在したことから別名「鞆七卿落遺跡」とも。18世紀中期から19世紀前期に建てられた全9棟からなる住宅は、江戸時代、…
宮崎県日向市(ひゅうがし)の坪谷川(つぼたにがわ)の清流のほとりに建つ若山牧水(わかやまぼくすい)の生家。若山牧水(本名:若山繁)は、明治18年8月24日、東臼杵郡東郷村(現・日向市東郷町)の医師・若山立蔵の長男として生…
昭和61年、国分上野原テクノパークの造成中に発見された上野原遺跡(鹿児島県霧島市)は、上野原縄文の森(県営公園)として整備されていますが、その中心施設が上野原縄文の森展示館。縄文時代の縄文時代早期前葉に定住したムラがあっ…
京都府舞鶴市、田辺城(舞鶴城)の平成4年に復元された城門(大手門)2階が田辺城資料館になっています。細川幽斎を中心とした京極家、牧野家の田辺藩歴代藩主や、旧城下町模型などで田辺城下町の歴史を紹介。復元された大手門は本来の…
昭和20年、ソ連による抑留から解放され、引揚船で帰ってくる息子の帰りを舞鶴港の岸壁で待つ母親をマスコミが取り上げて、「岸壁の母」と呼ぶように。舞台となった京都府舞鶴市の引き揚げ桟橋近くに建つのが舞鶴引揚記念館です。平成3…
12棟が現存する舞鶴市の赤れんが倉庫群の1棟である旧舞鶴海軍兵器廠予備艦兵器庫(明治35年築)を再生した記念館が舞鶴市政記念館。舞鶴赤レンガ倉庫群の一つとして重要文化財、近代化遺産(文化庁)に指定。2階には展示コーナーが…
岩宿の赤土(関東ローム層)から石斧などが発見され、考古学会の常識を覆し、日本にも旧石器時代(岩宿時代)が存在したことを立証した岩宿遺跡(群馬県みどり市)。遺跡に隣接して建つ岩宿博物館では、日本に旧石器・先土器時代があるこ…
群馬県前橋市、敷島公園ばら園内にある戦前、日本一の蚕糸の町として栄えた前橋の歴史を伝える博物館が前橋市蚕糸記念館。建物は、明治45年に前橋市岩神町(現・前橋市昭和町3丁目)に建てられた国立原蠶種製造所(原蠶種/原蚕種=げ…
群馬県桐生市(きりゅうし)にある県立の施設が県立ぐんま昆虫の森で、45haの敷地に雑木林ゾーン、水田ゾーン、桑畑ゾーン、冨士山沼ゾーンなどに分かれた里山を再現。自然環境に近い状態で多種にわたる昆虫を飼育し、昆虫を探し、手…
江戸時代、世界に2つしかなかったという女性の縁切寺(駆け込み寺)が、群馬県太田市の満徳寺と鎌倉の東慶寺。ともに徳川家ゆかりの尼寺で、満徳寺は、明治維新後、檀家がないために廃寺に。太田市立縁切寺満徳寺資料館は旧境内の一角に…
群馬県太田市の世良田東照宮、長楽寺に隣接する歴史公園に建つ新田荘を中心とする一帯の歴史を解説する資料館が太田市立新田荘歴史資料館。古墳時代には1000基を超える古墳が築かれた東日本最大の勢力を誇る毛野国(けぬくに)の中心…
青森県つがる市、遮光器土偶の出土で知られる世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺産群」の構成資産のひとつ亀ヶ岡石器時代遺跡のガイダンス施設。つがる市農業者トレーニングセンター 縄文館に併設され、亀ヶ岡遺跡で出土された土器や…
明治時代にハワイへの移民(政府が斡旋した官約移民合計2万9084人)がもっとも多かったのが広島県(1万1122人)、次いで山口県(1万424人)で、山口県のうちでも大島郡(現・周防大島町)から多くの人々が移民となってハワ…
『走れメロス』、『人間失格』、『斜陽』などで知られる作家・太宰治(だざいおさむ/本名:津島修治)は、青森県北津軽郡金木村(現・五所川原市)の出身。その生家が太宰治記念館「斜陽館」として保存、公開されています。太宰治の父で…
『荒城の月』、『箱根八里』などの作曲で知られる瀧廉太郎(滝廉太郎/たきれんたろう)が少年時代を過ごした大分県竹田市の屋敷を再生利用したミュージアムが瀧廉太郎記念館。不朽の名曲『荒城の月』を残し、23歳という若さで夭折した…
群馬県嬬恋村鎌原の「日本のポンペイ」と呼ばれ、奇跡的に埋没を逃れ93名の命を救った鎌原観音堂に隣接して建つのが「嬬恋郷土資料館」。天明3年(1783年)旧暦7月8日の浅間山の大爆発で発生した土石なだれで埋没した旧鎌原村か…