滝宮天満宮
香川県綾歌郡綾川町(あやがわちょう)にある滝宮天満宮(たきのみやてんまんぐう)は、平安時代、讃岐国の国司だった菅原道真ゆかりの天満宮。讃岐国国司の官舎(有岡屋形)が建っていた場所。毎年8月25日に滝宮天満宮の社前で『滝宮…
香川県綾歌郡綾川町(あやがわちょう)にある滝宮天満宮(たきのみやてんまんぐう)は、平安時代、讃岐国の国司だった菅原道真ゆかりの天満宮。讃岐国国司の官舎(有岡屋形)が建っていた場所。毎年8月25日に滝宮天満宮の社前で『滝宮…
長編小説『人生劇場』で有名な尾﨑士郎(おざきしろう)は、明治31年、愛知県幡豆郡横須賀町(現・西尾市吉良町)に生誕。故郷である西尾市に平成14年に開館したのが尾﨑士郎記念館。遺族である尾﨑清子・尾﨑俵士親子らから寄贈され…
高松市にある浄土宗の寺、法然寺(ほうねんじ)。建永2年(1207年)3月に讃岐に配流された浄土宗開祖の法然が立ち寄った那珂郡小松荘(現・まんのう町高篠)に創建された生福寺が前身という古刹で、法然自刻と伝わる阿弥陀如来立像…
かつて越後国の国府があったという上越市にある浄土真宗浄興寺派の本山が浄興寺で、開山は親鸞(しんらん)。師匠・法然(ほうねん)の法難により、越後の国府(竹之内草庵=現在の五智国分寺)に流された親鸞は、赦免後、常陸国(茨城県…
新潟県上越市五智にある越後国一の宮となる古社が居多神社(こたじんじゃ)。上越市は越後国の国府があった地で、越後国府に流罪となった親鸞も居多神社に最初に参拝したと伝えられています。居多神社は「気多神」を祀る神社と推測され、…
昭和25年に始まったさっぽろ雪まつりの歴史を紹介する資料館で羊ヶ丘展望台に建つのが「さっぽろ雪まつり資料館」。雪捨て場だった大通り7丁目広場でわずか6基の雪像から雪まつりがスタート。半世紀に渡る雪まつりの歴史をパネルや写…
瀬戸大橋の開通を記念して昭和63年3月20日〜8月31日に開催された『瀬戸大橋博覧会』の香川県側会場(坂出市番の州)のアミューズメント施設が瀬戸大橋タワー(昭和63年3月20日運用開始)。博覧会の会場跡地は瀬戸大橋記念公…
慶安4年(1651年)、初代高松藩主・松平頼重が、香川郡宮脇村の本門寿院境内に東照大権現(徳川家康)の神廟(東照宮)を建立したのが始まりの屋島神社。山王権現としても尊崇され、文化12年(1815年)、8代高松藩主・松平頼…
天平13年(741年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のために諸国ごとに建立された国分寺ですが、越後の国分寺の位置はいまだに解明されていません。越後国の国府は、頸城郡(くびきぐん)にあったとされ、現在の上越市国府地区にあっ…
屋島山上の南嶺を一巡する遊歩道の途中には7ヶ所ほどの展望台がありますが、突き出た断崖の岩が海に向かって吼えている獅子に見えることが名の由来の景勝地が獅子の霊巌展望台(ししのれいがんてんぼうだい)。高松市内はもちろん、屋島…
屋島は南嶺と北嶺に分かれるが、屋島ドライブウェイで登る南嶺の東側の台地の縁は、屋島壇ノ浦の古戦場を見渡す一等地。一帯は談古嶺という名で知られています。その南側に位置する源平合戦古戦場展望台は、壇ノ浦を眼下に、その左手に平…
愛知県常滑市の知多半島沖1.5km、伊勢湾の海上に浮かぶ24時間運用可能な拠点空港。愛称は、セントレア。関西国際空港に次ぐ国内第2の海上国際空港として平成17年2月17日にオープン。空港ビル内には名古屋めしの店や展望風呂…
屋島南嶺東端にある談古嶺(だんこれい)は、獅子の霊巌(屋島南嶺西端)、遊鶴亭(屋島北嶺北端)と並ぶ屋島三大展望台のひとつ。明治30年、村雲日栄尼(むらくもにちえいに=伏見宮邦家親王の第8皇女)が屋島登山の折、源平合戦の史…
屋島北嶺にある展望台で、獅子の霊巌、談古嶺と並ぶ屋島三大展望台の一つが屋島北嶺の遊鶴亭展望台(ゆうかくていてんぼうだい)。大正12年、香淳皇后が命名したもの。テーブルマウンテン(メサ地形)となった屋島台地の北端に位置する…
屋島山上の四国八十八ヶ所霊場第84番札所、屋島寺の本堂横に鎮座するのが蓑山大明神(みのやまだいみょうじん)。「日本三名狸」(にほんさんめいたぬき)に数えられる屋島太三郎狸(やしまのたさぶろうたぬき)を祀った社です。『平成…
安政6年(1859年)、初代ロシア領事のヨシフ・ゴシケーヴィチが箱館(現・函館)のロシア領事館内に建てた聖堂をルーツとする日本最古の正教会の聖堂。文久元年(1861年)、日本への正教伝道に尽力した修道司祭ニコライによって…
昭和61年8月の小貝川水害の後に、旧下館市(現・筑西市/ちくせいし)に整備された遊水地が母子島遊水地(はこじまゆうすいち)。筑波山を撮影する人気のスポットですが、とくに2月14日のバレンタインデー前後と10月28日前後に…
安永9年(1780年)、富士講先達(ふじこうせんだつ)の日行青山(高田藤四郎)の築いた塚で、江戸最古の富士塚が高田富士。もともとは、現在の早稲田大学構内にありましたが、昭和38年、早稲田大学の拡張に伴って水稲荷神社ととも…